一般公開特別講義・野老朝雄・「個・律・群」・2016年11月23日午後2時30分より


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特別講義(一般公開)

INDIVIDUAL AND GROUP 個・律・群

・講演者プロフィール:野老朝雄 Asao TOKOLO
1969年生まれ。幼少時より建築を学び、江頭慎に師事。2001年9月11日より「繋げる事」をテーマに紋様の制作を始め、美術、建築、デザインの境界領域で活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいて定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も行っている。
2016年~東京大学工学部非常勤講師、東京造形大学客員教授

・日時:2016年11月23日(水)14:30~17:30(14:00開場)

・場所:東京都新宿区大久保3ー4ー1 西早稲田キャンパス56号館103教室
(東京メトロ副都心線西早稲田駅直結、JR/西武新宿線/東京メトロ東西線 高田馬場駅より徒歩15分)
アクセス詳細;access: https://www.waseda.jp/top/access/nishiwaseda-campus

・お問い合わせ:早稲田大学西早稲田キャンパス55号館N棟8F-9
中谷礼仁研究室 担当:野村 03-5286-2496

・後援:早稲田大学建築学研究所

*建築学科の学生の1年生に建築周辺の生き様を伝え、業界病に備える設計演習Aプロデュース・特別公開講義。本年度は野老朝雄さんを迎えて3時間のセッションです。一般公開になります。楽しい講義になるように努めます。ご来場をお待ちしております。少し会場がせまめ(240人収容ですが)ですのでご容赦願います。

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中村敏男先生がご逝去されました。御冥福をお祈りします。


今月17日、かねてより療養中でした初代『a+u』編集長・中村敏男氏が逝去されました。ご冥福をお祈りします。
公私にわたりよくご指導いただきましたこと、記して今一度御礼申し上げる次第です。

Friends –
Mr. Toshio NAKAMURA passed away at October 17th, 2016.
Mr. “TOSHI”, Toshio NAKAMURA was one of founder and otiginal chief editor of architectural magazine “a+u”. Moreover he translated many principal  architectural texts throughout  his life.
His contribution to architectural world is worth to be always remembering. Many thanks, Mr. NAKAMURA with his brilliant memories.

長谷見雄二先生による第19回稲門建築会特別功労賞受賞時の、すがすがしい推薦文をここに掲載させていただきます。

中村敏男氏は、1958年『近代建築』編集部に入社して当時初期段階にあったグループ・メタボリズムの初の特集を編集担当(1960年11月号)した後、鹿島出版会に移籍してSD選書を企画。更に1970年には日英併記の世界的規模の建築雑誌『a+u』の初代編集長となり、当時新進建築家だったシーザー・ペリ、ノーマン・フォスター等をごく初期に特集紹介するなど、歴史的慧眼に裏打ちされた多くの問題提起的書籍を発刊し、現代の日本および海外の建築文化を活性化させてきた。

一方、西欧諸国の特に近代初期の重要文献を和訳して日本に翻訳紹介したことも、日本における近代建築の理解と咀嚼、深化に多大な貢献であった。
中村氏の業績、見識には国際的な評価も高く、89年アメリカ建築家協会名誉会員、90年英国王立建築家協会名誉会員に選ばれ、91年、プリツカー賞の審査員となり、9年間、三期に渡って審査員をつとめられた。96年AIA名誉賞等を受賞するなど世界的評価の高さに比べ、国内ではその重要性が十分、認識されてこないまま、今日も、近代建築理論の研究に余念のない姿勢は、いかにも早稲田人らしい清々しさである。

これから育っていく早稲田建築の人材の目標としてふさわしい国際人として稲門建築会特別功労賞に推薦申し上げる次第です。

(長谷見雄二・早稲田大学建築学科)

略歴)
1931年 東京・王子生まれ
1958年 『近代建築』編集部、初めてのメタボリズム・グループ特集号(60年11月)
1963年 鹿島出版会、SD選書を企画発刊
1970年 「a+u社」を設立し、翌71年発刊より取締役編集長(95年まで)。
1989年 アメリカ建築家協会名誉会員
1991年 プリツカー賞審査員(2000年まで)
1996年 AIA名誉賞受賞
2010年 日本建築学会『建築雑誌』顧問(2011年まで)

主な業績)
1966年 G.F.チャドウィック「ジョセフ・パクストンの生涯」(Space Modulator,No.24,日本板硝子)
1967年 ピーター・コリンズ「近代建築思潮」(『国際建築』美術出版社にて翻訳掲載)
1969年 ハンス・マリア・ウィンケラー『バウハウス』(田中正雄、横山正と共訳、造形社刊)
1982年~3年 スティーヴン・ベイリー『建築からインダストリアル・デザインまで、1900-1960』の全訳掲載(「Art Vivant」西武美術館)
2003年 ケネス・フランプトン『現代建築史』(青土社)
2006年 アンソニー・ヴィドラー『歪んだ建築空間』(青土社刊)
2006年 ピーター・ブランデル・ジョーンズ『モダニズム建築』(風土社刊)
2007年 Toshio Nakamura編 ”Glass House” (YKK AP刊、The Monacelli Pre ss 2007)
2015年 中村敏男『日記の中の建築家たち』(acetate2015年)
そのほか『a+u』誌上では、ケネス・フランプトン「ジョン・ヘイダック論」、ジョン・ヘイダック「時間から空間へ」(75年5月)、コーリン・ロウ「透明性I」(74年7月)等、小論文の翻訳多数

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中村敏男氏による代表的編集ならびに著作:上左)近代建築1960年11月号「グループ・メタボリズム」上中)SPACE MODULATOR (The Work of Sir Joseph Paxton”抄訳1966年No.24)上右)a+u創刊号(1971年1月)下左)ポストモダニズムの建築言語(a+u1978年10月臨時増刊号・翻訳竹山実)下中)GLASS HOUSE(編著2007年)下右)中村敏男『日記の中の建築家たち』(acetate2015年)

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過去の人間も間違い、そして今後も人間は間違い続ける–「千年村憲章」を公開しました。


当方も参加している、長期にわたって存続した地域を、古文書という客観的な媒体を用いつつ直接訪問することによってその生存条件を探る千年村プロジェクト

その未来に向けての方向性をまとめた千年村憲章(Millennium Village Charter)が本拠のホームページから発表されました。十全な討議を経た上での公開です。

今後、千年村プロジェクト手法の公開と参加方法について、さらに討議を経て公開していきます。

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70年代前後のタウンマップの書きかけ ニコニコ堂主人・長嶋康郎さんから


ニコニコ堂店主、『ニコニコ通信』の作者・長嶋康郎さんから封書が来た。開封してみるととても貴重な記録なので、長嶋さんに連絡して公開の許可をもらいました。著作権は長嶋康郎さんです。無断使用は禁止。参考にしてください。

以下説明。

長嶋さんによると、68年ごろからいわゆるタウンマップを作ろうと思い立ち、新宿、渋谷、吉祥寺(長嶋さんの地元)と作ったのだという。吉祥寺のものは一部完成して発表されているが、長嶋さんらしく(失礼)、中断したものも多い。しかしながらその時代、どんな店があったかを知る貴重な資料であります。おそらくクリックすると大きくなると思う(クリックすると、フルサイズで見るリンクがあるのでそれで拡大できます)のでご確認ください。図版にそれぞれ簡単なキャプションをつけました。

長嶋康郎さん、こんな貴重なことやっていて、ありがとうございました。初田香成さんとか使ってくれるかしら。

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建築史教育をどのようにするかという、シンポジウムに参加しました。


2016年6月17日香港中文大学の建築学部のシンポジウムに参加しました。参加する三週間前ぐらいに突然、招聘のオファーがありました。呼んでくれたのは、Prof. Stanという方。今はオーストラリアにいるジュリアン・ウォラルさんの紹介だということでした。

建築史、あるいは一般史の授業はつまらないという印象が一般的です。もう巷に溢れかえっています。しかし私が高校生の頃出会った西洋史を教えてくれた先生が、毎回命をかけるかのような臨場感あふれる講義(それもずっとローマ!)をしてくれて(実際体が悪く、その後お亡くなりになってしまったと聞きました)、大学に入った時もなぜか建築史の先生の話が妙に面白くて、居場所をようやく大学で見つけられた感じがしました。

というわけで建築史教育をどのように生き生きとしたものにするかというシンポジウムには是非参加したいと思って、初めてきちんと香港を訪問いたしました。

参加した方々は東アジア系各国からという感じでした。

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当日のタイムテーブル

よく聞いてみると、香港、シンガポールなどでは教育専門、研究専門と別れていて、前者は本当に色々と客観的なシステムを構築していて驚きました。建築史専門の教育担当がいるなんて(彼らも個人的な研究はされておられるようです)。日本の現状だと両方なんとかやりくりするわけで、良いフィードバックもある反面、独善的にもなるという感じでしょうか。そういう意味で客観的な教育システムについてのディスカッションの存在は魅力的でした。

僕の方からは、大学で初めての建築史の授業となる西洋建築史の第一回目で必ず行う世界建築史ゲームと千年村でのワークショップを紹介しました。世界建築史ゲームは1999年の大阪市立大学での初教鞭以来、ずっとやっているものです。公式上は200名を越えた規模で、他の学科からの聴講もあり、他の発表にあった少人数での建築史教育カリキュラムとは大きく異なっていました。他の地域の人にも紹介できる機会は貴重だったのでプレゼンをさせていただきました。作品紹介を許可していただいた学生さんには感謝申し上げます。世界建築史ゲーム(The World Game of History of Architecture)のパートのみ公開してみます。(うまくいかなかったらすいません)

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XXとXY(SF)


■■さん

私がやりたいのは女性性を人類生活の主軸に置きなおした生活構成全般のリ・デザインです。

乱暴に書きます。

・原始から家内制手工業までの人間生活の再生産に女性は不可欠でした。
・産業革命以降、労働集約的空間が多くを占めるようになりました。生活と仕事が一体化した女性空間は疎外され始めます。集約化され均質化が求められる労働空間で女性は女性性を捨象せざるを得ない場面にたびたび遭遇しています。
・将来の社会がそこから抜け出せず、さらに少子高齢化が進むならば、もうその地帯は若返り薬による延命が現実的なものとなりうるでしょう。生死に関わる概念が急速に変化していくでしょう。その傾向はすでにあちこちで見えています。それを統合的にデザインするグループが現れはじめるのは時間の問題です。これまでの「死」は貴重なものとなるでしょう。伝統的な宗教は対抗しますが、ある時点で妥協せざるをなくなるでしょう。
・別の道、そのように進行する社会を積極的に批判できるような別の世界システムを人間自身の生産サイクルや生活から再提示すること。
このようなカウンター的活動は必ず良い反応を現在の社会にもたらすはずです。エコロジー、後期資本主義以降の世界像に深く影響してくるでしょう。

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「第三の世界からの建築論」書評・アルキテクト編『好きなことはやらずにはいられない。吉阪隆正との対話』


書評です。「第三世界」について少し検討を加えています。半年経過したので著者責任で公開します。本がさらに売れることを願っております。

書誌情報 「書評 アルキテクト編『好きなことはやらずにはいられない 吉阪隆正との対話』」,『住宅建築』2015年12月号,2015.10.19

第三の世界からの建築論

中谷礼仁

1980年に吉阪隆正は63歳で死んだ。早逝だった。私が彼が教授を務めていた大学の建築学科に入学したのはその二年後であった。大学の図書室で手にとった初めての建築書が彼の死後にまとめられて出版された『乾燥蛞蝓(ルビ なめくじ)』だった。そのユーモアとスケールの大きさ、展開力ある文明論にうちのめされてしまった。建築学科とはすごいところだと刷り込まれてしまった。そのおかげで、昨今の建築界の常識に馴染めない部分が残ってしまった。

ただし吉阪の文章は、具体的と思いきや、それが何を指しているのか皆目検討つかぬことがよくあった。そんななか2年ほど前に、自分としては破格の古代文明調査に出かけたのだが、今そのときの経験を思い出しながら彼の文章を眺めると、ようやく吉阪の網膜に映った具体的な風景を想像できるようになった。

例えば、エーゲ海のキクラデス諸島にテラ島がある。そこは一夜にして消えてしまった幻のアトランティス大陸の候補地でもある。島全体が海に沈んでしまったカルデラの一部なのだ。島が近づいた時に見えたのは、100メートルを優に超える急激な断層面のうえでわずか一枚ひろがる白い集落だった。その集落に行ってみたら、ここが有名な「白い恋人」たちの舞台、イアという岬先端の港街であったことを初めて知ったのだった。今では完璧な観光地になっているものの、元は噴火による柔らかい表面の凝灰岩層に横穴住居が展開していたのであった。それは港に必要な見晴らしの良さにくわえて、危険地帯の中の人間の生活を鮮やかに示すものであった。地中海の彼方に何艘も行き交う船と丸い水平線が見えた。

「ここでいう環境とは、

人間を中心として見たときに、

その人間を、とりまく世界のことであり、

それは、宇宙のなかの

無数にある恒星・惑星中の建築、

それもその表面という

薄い球面の僅かな層だが

光がキラキラと輝く世界である。」

以上の吉阪の言葉は、そんな風景を思い出すとき、本当にぴったりとはまる。

テラ島に限らず、世界各地の山、海の僻地に展開する住文化は、そのすべてがとてつもなく厳しく貧しい環境条件の中で人間が屹立していることを示す証であった。

この時、翻って、私たちの普段の建築の舞台になっている都市はようやく相対化される。大都市は住まいの場所のみならず、地球の資源がなだれこみ経済資本として蓄積され、交換されるたまり場でもある。そこは時には世界的な危機をももたらす火薬庫でもある。

「一体人類の生活は平和の中を戦争が乱すのか、或いは戦争状態の中に時々平和が訪れるのであろうかとさえ疑わずには居られない。

…そしてどうも後者らしく思える。それならば、何故に戦争をし、何のために平和を求めるかを反省し、そこから出発しなくてはならないと考える。」住居学汎論

その平和の出発点として吉阪は、住居を標榜する。確かに住居とは人々が獲得可能な平和の礎なのだ。1950年という早い時点で、戦後イデオロギーにも安穏とせず、生活文化が、継続的な闘争に耐えつつ持続的に獲得しなければならないものであることを看破していたことに驚く。

このように彼の言葉は、平地の、いわば人間世界のみのイデオロギーに支えられることなく、自らが動きまわることによってなしえた成果である。時には地べたをはい、そうかと思うと空中まで急上昇して、世界を別の角度から俯瞰する。

そういえば、赤道直下のインドネシアで調査をしていた時、私を導いてくれた建築人類学者の佐藤浩司がぽつりと言った。「ここは東西南北の概念が弱いんだよ。なぜなら太陽はいつも一直線に上空を横切っていくからだ。時間の感覚も変わってくるよ」。

眩しくて太陽の軌跡を見続けることはできなかったが、その言葉で私はたちどころにその地域の空間概念を把握した。

世界中を飛びまわり、高峰を征服し、コルビジェのフランスのみならず、アルゼンチンでも教鞭をふるった吉阪による東西南北外しの世界地図遊びも、そのような経験から生まれたに違いない。それは平地のイデオロギーが北緯30度から50度あたり、文明圏と言われている場所から生まれた空間感覚を外そうとしたのだ。

さらに彼の射程は時間的にも長い。今回通読することによって、私は彼のギリシアをはじめとする古代神話への造詣の深さにも感銘を受けた。神話とは、平地的時間を超えた地球的時間を説明するための《具体》なのだった。巻末の詳細な年表、斎藤祐子による格好の入門論にくわえ、今回面白かったのは樋口裕康によるエッセイである。彼によって紹介されるのは、主に吉阪の日常における印象的な行動である。それが変なのだ。異常な早歩き、学生を引き連れてのカニ歩きなど。これらは吉阪たちが世界を別の角度から眺めるために案出した身体の所作なのだと理解できる。

さて、表題とした第三の世界だが、この言葉は使われなくなって久しい第三世界への可能性をふたたび期待してのことである。というのも第三世界とは当時の資本主義、社会主義陣営の対立構造からはずれたオルタネイティヴな地域を称するものであったからである。彼がヨーロッパでの教育のみならず、コンゴやブラジルやアルゼンチン、そして以前の中国へのアプローチに積極的だった理由は、以上のような平地の建築論を覆す文化のあり方を模索していたからにちがいない。吉阪隆正の、どこか遠くから、あるいは高いところから、正しいことをやるようにと、我々を叱咤してくれるような強烈な言葉。そんな彼の建築論は第三世界ならぬ第三の世界からやってきたと思えるのである。

このコンパクトな本は、そんな確実にある別の世界への方向性を考えるために、欠かせぬものになりそうである。

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講演シリーズ・早稲田建築の拡張始まります。第一回目は5月20日


講演シリーズがはじまります。主催は稲門建築会。早稲田建築の今後を考えます。
昨年度退任された中川武先生が行っていた講演シリーズ「早稲田建築の覚醒」は、早稲田建築の積極的批判を狙ったものだと思いますが、それを引き継ぎつつ、「覚醒」から「拡張」に、よりソフトランディングさせる方向で引き継ぎました。以下内容です。

早稲田建築の拡張第1回目テーマ・都市化をこえる「地方化」

早稲田建築の拡張とは、早稲田の建築がこれまで担ってきた広い民間分野での実践的立場、様々な職種の経験から、現実の建築を再定義し、さらに拡張するという意味です。
建築のあり方(発注システム、生産連関、作品価値)が急速に変わってきています。そのような中で、早稲田建築の可能性は、早稲田建築という物語を自ら突き動かし、新しい社会を建築的分野から語ろうとすることに他なりません。

シリーズの第1回目は、現在進行中の国内の各地域での活動に、都市化とは異なった積極的な価値付けが可能かを探ります。

建築の現実を
・ていねいに把握すること
・それに関して自らの立場から提言をすること
・建築という言葉で指し示されていた対象の新しい定義
を検討していく座談をはじめます。とりあえずシブく問題のあぶり出しから行きましょう。

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エジプト再訪見聞録(準備編)2016年2月29から3月11日


2016年2月29日の深夜に羽田を出発し、3月11日の深夜間近に日本に戻りました。行った先はエジプト。1994年に吉村作治調査隊に当方の所属していた研究室が共同発掘を行った時に一ヶ月ほど同行させてもらった時以来でした。

東日本大震災以来、壊れなかった村を探す千年村プロジェクトや大地を動かすプレートテクトニクス境界でどんな文明や住文化が起きてきたのだろうかを見に行ったプレート境界の旅(このブログ内のタグでOn the edge tourを選択するとノートが出てきます。現在岩波『科学』で増補して連載中)などをしてきました。

その中でエジプトは再び興味のある地となってきました。それは五千年村とでもいうべき定常性がナイル川流域に展開しているからであり、もう一つは古代大文明の中でエジプト文明だけ(これもまた不思議な話なのですが)がプレート境界付近になかったからです。運良くJSPS(日本学術振興会カイロ研究連絡センター)にお招きいただき、早稲田大学のイスラーム地域研究機構の資金協力も得て、無事に行うことができました。所長の深見奈緒子先生、同行の太田敬子先生(北海道大学)、田熊隆樹さん、ドライバーのジブリールさんに感謝します。ちなみに田熊さんは一年休学して世界を歩いていた当方の研究室所属の学生で、健康状況の掌握がてら誘いました。彼はその後幾つか国を経由して3月中に帰ってくる予定です。元気な姿で帰られることを祈ります。

旅程は以下の通りです(途中ルクソールを以下件の為、1日増やしました)。アスワンからナイル川沿いにカイロに車で戻る計画です。注)ソハーグ、アシュートは宗教対立のため旅行者の自由行動は禁止です。警察の手厚い護衛が必要になります。私たちもアシュートからはミニアによらず新しく出来た東方のハイウェイを利用してカイロに戻りました。

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最終的にはナイル川の超定常性の自明を剥ぎ取るまでにはいかず、その表面をなぞっただけになりました。ナイル川の立地(要は「ナイル川はなぜそこにあるのか」、みたいな)についての幾つかの気づいたこと、そしてナイル川沿岸の古都市における神殿に用いられていた石と産地の関係、その用材の持つ象徴性について一定の知見を得ましたので、後日まとめてみたいと思います。大地とは、当たり前ですが、時空を超えて太古の地質と現在が直接遭遇することです。とりあえずトラックログや地質図などのファイルを上げておきますのでご興味のある方はダウンロードください(GoogleEarthでみれます)。

エジプトの情勢も変化していますが、エジプトの大地やそこでの人々の基本的な生き方は変わっていませんでした。他の国と比較してもグローバライゼーションの影響は外見上と食べ物上は緩やかでした。緩やかすぎるかもしれません。

1994年の1月のノートにあったルクソールの王家の谷を山側から東岸を見た時のスケッチと現在の様子を比較しておいておきます。スケッチは当時、西本真一先生に王家の埋葬場所である王家の谷から、ハトシェプスト葬祭殿までの山越えルートに連れられて登った時。無音の世界に来た初めての経験でした。西本先生は彼方の砂漠に古代道が見えると言っていましたが、残念ながら僕には見えなかったのを覚えています。僕も西本先生がしてくれたように、田熊くんにこの風景を見てもらいたかったのでした。今回は、山を防衛拠点にしていた警備の若い兵隊に誘われて一緒に山を降りました(もちろん連行ではありません。他の旅行者も自由に歩いていましたよ)。

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1994年1月のスケッチ

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2016年3月7日撮影

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今年書いたもの、やったことなど(補遺)


このブログで割愛してしまったものを補遺します(一部重複、ご容赦ください)。

●連載『動く大地に住まう」『科学』Vol.85 No.5-12, 2015年5月~12月, 岩波書店
01 Buildinghoodへの気づき, pp.0468-0475
02 パンゲアのかけら 孤島のドーラヴィーラ遺跡, pp.0596-0605
03 溜まりのBuildinghood カトマンズ盆地にて, pp.0672-0682
04 建築の父、建築の母1 地形によって支えられた住まい, pp.0760-0771
05 建築の父、建築の母2 国家と幾何学, pp.0830-0838
06 建築の父、建築の母3 境界を越えて, pp.0963-0969
対談 地球の時間、人間の時間:地球科学と建築史の視点(清川昌一氏と), pp.1050-1055
07 石の重さ1 巨人から人間へ, pp.1132-1139

●「書評 清水重敦『建築保存概念の生成史」,『建築史学』第64号, 建築史学会, 2015年3月30日

「革命家としてのロネッツ そしてLiveを記録すること」(10+1 website), 鈴木了二 の最終講義ライブの記録(個人的には大好きな文章), 2015年4月

●『千年村プロジェクトの波及」『The Community』No.154, pp.84-88, 一般社団法人 第一生命財団 2015年5月15年

●「千年村から学ぶ」 中谷礼仁・堀井隆秀、『建築雑誌』2015年5月

●「クリティカル・グリーニズム 植物と霊性の行方」, 『応答 漂うモダニズム』, 左右社, 2015年6月26日所収

●「感性からの発意」特集・都市と建築の美学, 『美学』246, pp.30-40, summer 2015

●「聖なる炬火 ニュルンベルクと宮城まへ」特集・東京祝祭都市構想, 『atプラス』25, pp.105-111, 太田出版, 2015年8月18日

●「京都への道 鯖街道編」今年から始まった夏期京都旅行。京都市内だと宿も取れない状況なので発想を転換して、京都を目指して旅をはじめる形式にした。今年は小浜から鯖街道を南下して京都へ。2015年9月15日から21日 http://walkingonthemackerelroad.tumblr.com/

●アドルフ・ロース『にもかかわらず』みすず書房、加藤淳訳、鈴木了二、中谷礼仁監修(解題執筆「へそまがりの論理」), 2015年9月26日

「新刊紹介 本田晃子著『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』」,『建築史学』第65号, pp.219-221, 建築史学会, 2015年9月30日

●短編映画(ネット公開中) 「Transition of Kikugetsutei」(YKK窓研究所と共同)監督:瀬尾憲司、文献考証:豊島麻由佳など(企画構想指揮担当), 2015年10月28日公開(『桂の案内人」『セヴェラルネス』の視点を展開)

●『みなで作る方法 吉阪隆正+U研究室の建築』(キュレーション参加、カタログ執筆), 国立近現代建築資料館, 2015年12月3日

●[座談会]千年村プロジェクトのはじまりと活動報告, 特集・千年村宣言(10+1 website), 2015年12月6日

その他アルキテクト編『好きなことはやらずにはいられない 吉阪隆正との対話」の書評(『住宅建築』2015年11月)、3回めを迎えた『早稲田の英知を集めた 役に立たない機械選手権』(タモリ倶楽部)などもう少しあったかも。学生の方はあの機械たちが生み出す「感じ」、忘れないでいて欲しいです。

★『科学』の連載、ぜひご笑覧下さい。力込めてます!

★来年は、とうとう翻訳権を獲得したジョージ・クブラー『時のかたち』が公刊されそうです。再精訳はじめました。

★編集出版組織体アセテートの刊行活動は一息つきましたが、流通活動はガンガンです! 特に最新刊の貴重な近代建築関係者のドキュメントである中村敏男『日記のなかの建築家たち』アドルフ・ロースの処女作『虚空へ向けて』二版を刷った『川合健二マニュアル』は未来のために受け継がれるものです。まだ充分流通中ですのでアマゾンマケプレのヤクザなプレミアが付いているものは無視して、新刊でご購入ください。本造りがハンパなくうまくなっています(重さとか開いた時のちょっとなよっとさせる紙質の選定とか)。ジュンク堂南洋堂で常備させていただいております(通販もあり)。書店様は西村書店(取次)を通していただければご注文可能です。それではみなさん、来年もマイペースで行きましょう。良いお年を。

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