近代美術館レクチャー「動く大地の住まいとジェネリック・シティ」2017年8月19日14時から


現在近代美術館(竹橋)で開催中の、日本近代の住宅建築展「日本の家」に併せてレクチャーを行います。直前になりましたが、告知させていただきます。最近考えていることの一端を、発表させていただく機会としました。戦後にあまり関係ないのですが、細かいことは気にせず大きく考えましょう。

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参考は既刊の『動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する』岩波書店2017年3月の他に、その後、動く大地の旅の時にほとんど出会わなかった近代素材としての鉄素材に関連して考察を進めた分を収録した、近刊『世界建築史』(共著)彰国社、2018年予定の内容を紹介します。

レジュメを公開します。

 

1. プレート境界と古代文明圏

2011年3月11日東日本大震災発生、日本が特殊な場所(唯一無二)であるという認識
日本の国土はプレート境界に位置。その基盤はユーラシアプレート。
それらユーラシアプレート境界付近に、主要な古代文明の発祥地が位置。
破壊だけではなく文明誕生の要件にもなっているのではないか?

重要点)
地球の活動は自律的で莫大なエネルギーを含んでいる。
自然環境とは地球時間と地球のエネルギーが作り上げた構築的結果でもある。
その環境を基盤として、人間が各地でその大地に適合しうる生存方法を見出した時に、
人間の生活ひいてはその文明は発生した。

 

2. Buildinghood 人々の暮らしを支える大地からの構法

Buildinghoodの気づき
ある地域の人々の生活の成り立たせ方(=Livelihood)の中で、その中心をなす空間の構築方法
LiverihoodとBuildinghoodとの関係を、褶曲運動によって生まれた世界最大の山脈である
ヒマラヤの麓に位置する高山地帯のサトリ(saitoli)という小さな村で事例報告。

Buildinghoodは人の住む場所、集落形成の方法そのもの。
現在でも世界各地の集落の多くは、その近傍の大地を素材として利用して集落を作り上げている。
その意味で集落とは大地をその皮一枚浮かして、
そこに人間が住まうことのできる空間(ルビ:あきま)を作ることと定義。

その浮かせ方、要は空間を作る方法は大地が産出する素材によって大きく異なる。
これが大地からの構法(Builinghood)の違いとなる。
以下、代表的な、石、土、木についてその特徴をあげる。

 

3. 芸術をも産んだ石灰岩 石は建築の父

石は横穴洞窟などのもっとも自然状態に近い住居の基盤。
そのような原始的な状態から次第に、石を材として切り出し、細部を加工できる技術が進むと、
石がもつ圧縮に対する耐力が構法として期待されるようになった。
加工した石を垂直に積み上げて作られていくギリシャ神殿建築が典型→
まぐさ(柱梁)式の石造建築の誕生。
しかし石造建築における最大の弱点は石の塑性によるせん断(折れ)。
この弱点は石を梁などの横材に用いた時に顕著に現れる。比例と素材の関係が重要
→ギリシャ神殿の美的テーマ

石灰石、大理石が神殿建築の素材としてよく用いられたのは、それらが石としての
耐久性を確保しつつ、比較的軽便なこと、肌理、色目が均質であること、加工がしやすいこと。
人間に彫刻芸術という重要な技芸を授けた(ギリシャ、ペルシャ帝国など)。

 

4. 文字をも発明した土-レンガ 土は建築の母

土は地球の表面に露出あるいは隆起した各種岩石が風化した結果の微細な破片の総称。
沖積世(完新世)とよばれる、およそ1万年前から現在までの間にいたるところに堆積。

土は遍在。土を建築素材として用いるには加工方法の発明が必要。
→レンガ製造。

土を型枠で整形し乾かし固める(日干しレンガ)だけで、
土はそれを石造のように組積することができるようになった。
レンガの大きさは人間の作業上の普遍的な寸法に深く関係。
レンガは土くれから空間を人の手によって作らしめる発明。
レンガによる建築行為はジグラットの遺跡立地に代表されるように
メソポタミア周辺地域で特に栄えた。

そこは同時に文字の発明地だった。
シュメール人による楔形文字という世界最古の文字の発明。
生乾きの粘土板に葦のペンを押し付けることによって記録。

レンガによる組積はその後一大発展を遂げる→6. 都市のBuildinghoodへ

5. 共同性を生んだ木

建築行為には、ある時点で集団による共同行為が必要。
その共同性を建築発展の契機として大きく内在させていたのが木材。

木造において、単独的な作業で可能なのは、地面に穴を掘って柱を立てる掘立柱。

その後の弥生時代においては高床式倉庫が発展した。
床は大地を離れ空中に浮上→軸組が発展し、柱をつなげる貫等の横材が発展。
仏教伝来とともに伝わった建築様式の影響によって、石場立てを採用。

これら施工はもはや単独、もしくは少人数の施工者のみではなしえず、
縦横の木材を同時に共同で組み立てる必要があった。
木造建築が社会的様式として発達した地域では、
木造建築の構法には必ず強い共同性が刻印されている。皆でできる施工レベル。結(ユイ)など。

日本の伝統的木造建築のみならず、各地には様々な木造建築の儀式がある。
たとえば、インドネシア・スンバ島のソダン(Sodan)という集落で実見した上棟の様子、
村一丸となった建築の風景。

6. 都市のBuildinghood

大規模な歴史的都市は一般に土の大地に立地。
河沿いのフラットな低地→建築の母との関連性。
柱や梁を持たない組積造であるレンガには、最大の問題→屋根をレンガで覆い渡すこと。
平面規模の限界を克服したのがアーチ構造。

アーチ構造→素材間の摩擦で円弧状に組み合わせて、荷重を両脇の壁に一体的に伝達する方法。
アーチ面を水平に押しだせば、筒状のボールト構造。
アーチの中心を支点として回転させれば、ドーム。

この構法は土や切り石しか手に入らない環境で人々が空間を作るための
ごく日常的な技術からはじまった。現存するエジプト・テーベで作られた型枠なしのボールト倉庫。
庶民的技術+高度な幾何学性の統合→都市発展の基礎
アーチの持つ幾何学的原理性は大空間に発展する可能性があった。
それを実現したのが、ヨーロッパ、地中海周辺世界を覇権したローマ帝国。

ローマはレンガの帝国。
その主要構造はもっぱらレンガ造。
ローマの建築技術が、日常から発生したレンガ・アーチ技術と地続きであったことこそが、
帝国化に幸いした。→弱い技術(中谷「セヴェラルネス」2005、増補11)

セメントの発明
切石を骨材としてセメントによって硬化させるこの技術はいわば土と石の結婚、混合技法。
紀元128年、ローマ市内に直径43メートルの球体を完全に収納する万神殿=パンテオンが竣工。

スキンチ、ペンデンティブへの展開
使い勝手のよい方形の平面にいかに円形のドームを載せるかという課題。
その主な解決法がスクィンチ、ペンデンティブと呼ばれる二つの構法。
土くれから作られた都市とは以上のような幾何学による建築の増殖過程。
例)シリア・アレッポのパサージュ

7. 鉄の特殊性 ジェネリック・シティのBuildinghood理解のために

現在進行形の、ジェネリック・シティとも名付けられた世界各地で急速に拡大する
「似たような」都市の作られ方はどのように位置付けられるか。

ジェネリック・シティは非歴史的な都市の具現化として規定(クールハース)、
果たしてそれは正当な評価だろうか→なぜなら非歴史な具体物はありえないから。

ジェネリック・シティのBuildinghoodの特徴→軽く、メンテナンス不要で、
いつでもスクラップでき、かつ再生できるもの。

伝統的なBulidinghoodの遍在性に対して、
19世紀の産業革命時に突然現れた建築用の鉄素材、特に鋼鉄こそが、
現在の都市の、横に上下に拡張し続ける特性(ジェネリック的Buildinghood)を具現化。

鉄という、自己形状を様々に変容、伸長させうる素材そのものの尋常のなさ。
→WTC(ワールド・トレード・センター、1972)が一瞬にして溶け去るという異常な事態。

INTERACTIVE SKYSCRAPER MAPSによる超高層建築の立地の基本条件。
超高層建築はその建設と使用双方に
大規模な交通移動が一体的に計画されていなければならない。
超高層都市の到来を告げたアメリカにおける歴史的二大都市、シカゴとニューヨーク
鉄鋼はどこからやってきたか。
なぜアメリカの製鉄/製鋼所が東海岸に集中しているのか。

かつ鉄には、極めて特殊な地球時間が含まれていた。
鉄は、私たち人類がこれまで見たこともなかった地球時間を含めて私たちに直面。

 

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千年村プロジェクトも参加します。→早稲田まちづくりシンポジウム2017 7月16日(日) 10:00-18:00


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長期にわたって持続する優れた生存立地を見つけ、学び、交流を促す千年村プロジェクト。4年間の文部省科学研究費によって、その目標を千年村の発見方法、現地調査、評価方法、交流というステージによって展開してきました。もちろん来年からもその活動をさらに活発化させ、よりオープンなものにするために、現在、参加のための各種レギュレーション作りにいそしんでいます。

今までオーソライズされたものが
千年村ロゴについて
千年村憲章 / Millennium Village Charter
千年村行動倫理 / Millennium Village Behavioral Ethics
千年村認証基準 / Millennium Village Certification Standard
千年村チェックリスト / Millennium Village Check list for Registration
特に千年村チェックリストはぜひダウンロードして、お住いの地域の自己評価に使ってみてください。これまでの訪問で学んだノウハウを詰め込んでいます。

あとは
千年村プロジェクトへの参加方法
千年村認証までの流れ
千年村の認証を希望する地域の方々へ
を残すのみとなりました。現在、本当に認証希望のあった地域に応じる形の初の認証作業を行ない、モデルケースとしています。またこれら千年村プロジェクトに参画いただくためのガイドラインも作成中です。

もちろん、プロジェクトメンバーによる千年村候補地見学キャラバンも楽しみの一つで、今年は5月後半に、茨城県の筑波山まわりの集落を見て回りました。企画いただいた千葉大学木下研究室の皆様、そして現地で出会った方々にお礼申し上げます。

さて今年度は交流の年、千年村も関係するフォーラムをいくつか行う予定ですが、その一弾が発表されました。

地域の持続のかたちを考える−千年を生き続けた知恵を活かし、ふるさとの暮らしを未来につなげるために−

地方の小都市や農山村の生き残り策が活発だ。地域おこし協力隊、ふるさと納税、移住定住促進、地域紹介動画でのアピール。あるいは世界遺産や日本遺産、重要文化的景観といった価値評価への熱も高い。これらは加速する人口減少と超高齢化による地域存続の危機感に根ざしている。一方こうした地域とは、遡れば数百年、ときに千年にわたって人々が生活を営み続けてきた場所でもある。環境に適合しつつ改変することで生計を立て、コミュニティを形成して人々は生き続けてきた。伝統的集落や農山村で出会う風景と人、つまりふるさとの魅力は、その延長線上にある。本シンポジウムでは、中山間地域を主たる対象として、今現在かろうじて存続している生きる力に満ちた地域の価値と知恵を読み取り、未来につなげていくための地域づくりの実践知を議論する。短期的競争による生き残りではなく、地域の真の価値に根ざしたプライドある主体による、ダイナミックな地域の持続のかたちを考えていきたい。

早稲田まちづくりシンポジウム2017実行委員長 佐々木葉

千年村プロジェクトのみならず、将来の地域づくりをどのように行うかの実践を、まずはアカデミックに検討していくシンポジウムに参加いたします。ぜひ皆様のご来場をお待ちしております。

第二段目は、これまでに出会った村、地域の方をお呼びして大きな寄り合いのような大会議を開いてみたいと思っています。各地の収穫後、秋頃になると思います。まずは第一段目にご参加ください!

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2013年プレート境界の旅のほぼ全て写真再公開


『動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する』が発売中です。

本書のあとがきにも記したように、ブログ内で全旅行の写真で公開可能なものはグーグル社のPicasaアルバムで全て公開していました。最近それらのデータ全てが Google photoにGoogleの仕様変更で移行されてしまい、全ての公開リンクが切れてしまいました。暫定的に元永二朗様から公開可能な方法をご教示いただきましたので再度公開します。

ただし、以前は同時に表示されていた位置情報が見えなくなっています。それから日付の並びがおかしいです。おおよその地名と訪問日はわかります。地域を確認したい場合に、不十分ですが、ご活用ください。

https://get.google.com/albumarchive/108551454693342851793

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新刊『動く大地、住まいのかたち−プレート境界を旅する』3月25日発刊


(追記)無事刊行されました。→岩波書店内のリンク(冒頭部の立ち読みもできます) 281685.jpg

2013年に行ったユーラシアプレート境界をインドネシアからジブラルタルにまでいたった調査旅行。雑誌『科学』での連載を経て、3月25日に岩波書店から発刊されます(予価2808円(税込))。本日再校を放しました。あとはうまく書物になってくれることを願うばかりです。著者判断で、あとがきを掲載します。本書の成り立ちを書きました。

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あとがきに代えて

偶然に多く出会う旅をすることは幸せなことである。そのためには、何か大きなテーマを持っていたい。プレート境界を旅するというアイデアを獲得したことは幸運だった。その発端は文中でも記した通り、防災学者の友人が講演中に発した一言を2011年の東日本大震災発生時に思い起こしたからだった。牧紀男という人物である。その発端が示すように、この旅は各地に関する先達や友人の助力によって実現した。

旅は大きく4つの範囲に分けて、日本国内での準備と現地訪問を繰り返した。2013年の1月から一ヶ月をインド・ネパール、同2月後半から3月までをイラン、5月から6月までをトルコから、キクラデス諸島、ギリシャ、イタリアのシチリア、チュニジア、そしてジブラルタル海峡のあるモロッコまでぬけた。そして7月から9月までをインドネシア諸島を訪問し、マレー半島に到達して旅を終えたのだった。
インドの寄宿先となってくれたジャガン・シャー(Jagan Shah)は、ニューデリーの都市政策を担う専門家であった。灼熱のドーラヴィーラや早逝した友人の建築家の足跡を訪ねてダージリンへ一緒に旅をした。
ウッタラカンド州の小さい村への訪問を勧めてくれたのは、インドのアトリエ設計事務所のスペースマターズ(Space Matters)の気鋭の女性建築家たちである。また彼女たちに紹介された建築科の学生シュビ・アガルワル(Shubhi Aggarwal)が同地の実測作業に参加してくれたおかげで得た情報や経験は大きいものだった。
ネパールでカトマンズの歴史と街の成り立ちを教えてくれた建築家カイ・ワイズ(Kai Weise)は、2015年のネパール地震で倒壊した歴史的建造物の修復に躍起になっている最中だろう。
はじめての訪問地であったイランの経験を実り多いものにしてくれたのは、旅に同行してくれたイスラーム建築研究者の深見奈緒子だった。後述する佐藤浩司、テヘラン大学で建築修復学を学んでいた奥山岳典が参加し、分野の異なる同行者たちの会話によって認識は広げられていった。
トルコ各地の旅行計画は、現地の若い建築家たちのサポートによって可能になった。特に前半を一緒に旅したイェルタ・コム(Yelta Köm)やシリア国境に面するマルディン-天国のように美しい街-にある建築学校Mardin Artuklu Universityの教員スタッフからのサポートがあった。トルコを旅立った直後にイスタンブールで反政府デモが発生した。その頃からまた世界の雰囲気が変わりはじめていた。その影響をかわすように旅は西に続いた。
ギリシャ・マルタの古代文明の石造をめぐる旅は、既に同じテーマで一緒に旅をしていた原始文明研究者の若手の酒井智幸が同行した。石の重さを確認する旅は彼の同行によってより確固なものとなった。
シチリアで発生した地震後の復興地の訪問では、同地の若い建築家セレナ(Serena Casamento Barbitta)が目的に賛同して積極的に動いてくれた。それによってシチリアの社会構造上の問題まで突き当たることができた。また彼女や先のトルコの建築家ネットワークを紹介してくれたのがオランダ在住の建築家・吉良森子である。
チュニジアからモロッコでの経験を知的成果で裏打ちしてくれたのは、地中海建築・都市研究の第一人者である陣内秀信、新井勇治である。またモロッコのフェズで活躍中のアーティストの松原めぐみからは、フェズの様々な階層の人々の暮らしぶりを深く教えてもらった。
最も長期にわたったインドネシア諸島訪問に際して、同地の少数民族の伝統的住居を長年研究してきた佐藤浩司の同行を得たことは、深見の場合と同じく幸運だった。彼によって鍛えられ、インドネシアだけで相当量のノートを書き溜めた。さらにインドネシアの現代都市を研究していた林憲吾の参加によって、多角的な視点から、眼前に広がる人間の場所の意味を検討することができた。
そして道を尋ねるわたしたちに心広く対応してくれた土地の人々がいた。
思い出すのは、激しい風景を一緒に経験したそんな人々の姿や声である。

この旅の報告は、事前勉強と現地ノートとGPSと現地で撮影した写真、動画記録、帰国後の文献調査に基づいている。特にGPSによって自分の足跡が後から復元可能になったことで、直観を優先して調査することができた。
通信事情の悪い現地から自分のブログにアクセスできるときは可能な限り更新した。旅程を示すGPSやウェブ用に加工した位置情報つきの写真データ約5万枚は公開した。実際、頻繁にまとめておかないと、この旅の記録はおもいがけない出来事で消滅してしまう可能性もあったからである。
帰国後、私からの相談を受けとめてくれたのが、岩波書店の伊藤耕太郎氏である。伊藤氏は、雑誌『科学』の田中太郎編集長に相談してくれ、田中氏は歴史あるその雑誌に連載を決めてくれた。幸運なことで、その結果コンスタントに書き進めることができた。特に地質などについてにわか勉強であったので、読者の方々からの指摘を待つことにした。今後ともぜひご指導ご叱咤をいただければと思う。当方の乱筆乱文を指導し、品格ある書籍にしていただいたのは高村幸治氏、本書に含まれるたくさんの情報を的確に形にしていただいたのは前田耕作氏である。

最後になるが、留守宅を維持してくれた家族、授業を肩代わりしてくれたり、旅行中に励ましのメッセージを送ってくれた友人、指導教員の不在が功を奏してたくましくなった学生たち、そしてこの特別研究に対して活動資金の一部をサポートしてくれた勤務先の大学に深く感謝したい。

2017年2月21日 中谷礼仁

  • タイトル:動く大地、住まいのかたち−プレート境界を旅する
  • 内容紹介:動く大地はユーラシアのプレート境界域に何をもたらしたか。環境を創造し、時に社会を壊滅させる地球の驚異的な働きと、その地で生き抜く人々の叡智と暮しを活写。人間生存の条件を捉え直した類を見ない建築論的旅の記録。[カラー写真多数]
  • 目次:プレート境界の旅 全旅程図I Buildinghoodへの気づき | インド、ネパール
    1 土地のかたち、人の住まい
    2 パンゲアのかけら
    3 溜まる街

    II 建築の父、建築の母 | イラン
    4 火山によって支えられた住まい
    5 建築の父、建築の母
    6 境界を越えて

    III 石の重さ | ギリシア、マルタ
    7 巨人から人間へ
    8 石と遊ぶ

    IV グローバライゼーションとつきあう方法 | トルコ、イタリア、シリア、チュニジア、モロッコ
    9 カッパドキアでの生活
    10 シチリア・ベリーチェ 一九六八/二〇一三
    11 ワールズエンドの風景

    V 人間の場所 | インドネシア
    12 死と大地
    13 大地から縁を切ること
    14 人間の場所

  • 単行本: 256ページ+α
  • ISBN-10: 400022235X
  • ISBN-13: 978-4000222358
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『モダニスト再考[日本編]』書籍化なる


あの特集は書籍化しておいたほうがいいなと思うことがたまにあります。『建築文化』(1946年4月〜2004年12月)彰国社もいくつもの名特集を生み出してきました。2000年1月号の特集「日本モダニズムの30人 モダニスト再考II 国内編」もその一つです。同雑誌の晩期のなかでもとりわけ骨太の特集でした。あれからもう17年もたちますが、嬉しいことか悲しいことか、今でも全然古びず、基本文献の一つとして私の書棚に入っておりました。だいぶくたびれたなあと思っていたら、単行本化の知らせを聞き思わず頷きました。30人の対象を21人の論者が語ります。

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左が新刊、右が元の特集

彰国社えらいです。収録論考は

中村達太郎 亀裂の保存(中谷礼仁)/佐野利器 都市・テクノロジー・ナショナリズム(田所辰之助)/角南隆 技術官僚の神域 機能主義・地域主義と〈国魂神〉(青井哲人)/藤井厚二 藤井厚二という不安(丸山洋志)/今和次郎 ノート〜「日本の民家」を中心として(中谷)/アントニン・レーモンド 表現と表象(南泰裕)/村野藤吾 「社会的芸術」として構想されたもうひとつのモニュメンタリティの射程(矢代真己)/小山正和 日本的モダニズムの雑誌編集人(川嶋勝)/上野伊三郎 さまよえる建築工芸(奥佳弥)/石本喜久治 「建築美」、その転換という作為(本多昌明)/山田守 形態の誘惑ーあるいは禁欲的エロティシズム(濱嵜良実)/吉田五十八 本音と建前(岡崎乾二郎)/蔵田周忠 日本モダニズムの「水先案内人」(矢本敦)/森田慶一 IMITIATIO CORBVSIERI-分離派から古典主義へ(青井)/堀口捨己 「どうしようもないもの」の形容矛盾(田中純)/石原憲治 全体性を回復する回路をつなぐ「社会技術」という視座(矢代)/今井兼次 ドキュメンタリーのモダニズム(濱嵜)/伊藤正文 反転する純粋技術(笠原一人)/土浦亀城 迷いなく駆け抜けること(岡田哲史)/岸田日出刀 丹下健三を世に送り出した男(五十嵐太郎)/佐藤武夫 建築の政治性と記念性(田中禎彦)/山越邦彦 「建築 ルート・マイナス1建築→構築」という冒険(矢代)/坂倉準三 他者による建築はどこまで他者的であり得るか(南)/川喜田煉七郎 ユートピア-アヴァンギャルドの往還(梅宮弘光)/山口文象 「実践へ」(田所)/谷口吉郎 転向の射程(八束はじめ)/白井晟一 伝統のパラドックス(とーベン・バーンズ)/前川國男 木村産業研究所という出発点(松隈洋)/小坂秀雄 「体系」の刻印(田所)/丹下健三 神話的「日本」と「計画の王国」(八束)

今、対象と論者をタイピングして、このころの日本の建築文化、元気あったなあという感じがしました。中村達太郎、角南隆 …日本のモダニズムにとって核心の人物の一人ですが、決して一般向けではありません。それはわかりつつ、やはり出すべき人は出そうという、編集者と執筆者の意気込みが込められております。編集者はあの時も、いまも内野正樹さん(現エクリマージュ主宰)です。

  • 単行本(ソフトカバー): 424ページ
  • 出版社: 彰国社 (2017/2/28)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4395320864
  • ISBN-13: 978-4395320868
  • 発売日: 2017/2/28
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一年の計は元旦にあり


一年の計は元旦にあり
一年之計在春
New Year’s Day is the key to the year.
皆様のご多幸を祈念いたします。I wish you a happy new year.

“A year is surely valid-it contains the round of the seasons. Many sorts of work fit into its span. The human frame ages perceptibly in a year, and forward plans in any detail are put forth year by year.
…The decade is only a decimal position in the century. Both the decade and the century are arbitrary intervals rather than working durations.”

George Kubler, from section’Periods and their lengths.’ 1962

「季節がめぐる1年、その単位は確かなものである。人の活動の多くはこの時間によりそっている。1年で人は目に見えて年をとり、計画の詳細も年ごとに決められていく。
…10年は計画するには長すぎ、十分な記録を残すには短すぎる。10年は、1世紀を10進法で区切ったものに過ぎない。10年も1世紀も、実際の活動期間を表しているのではなく、恣意的に切り取られた間隔である。」

ジョージ・クブラー, 1962

;)

〜ジョージ・クブラーは著作『時のかたち』*(近刊予定)の中で、事物のかたち自体に変わりゆくリズムがそなわっていることを提言しています。それはモノの作り手であるヒトとも関係づけられたものです。様々な「時のかたち」が錯綜する昨今ですが、クブラーの言葉から事物のリズムをいくつか紹介し、年始の挨拶とさせていただきます。一年の計が元旦にあることはゆるがなさそうです。〜

One year,
1年:
季節のめぐり

Indiction,
15年:
古代ローマの時間単位のひとつ:
人間の幼年期、思春期、青年期、壮年期、老年期を画期する時間単位:
うち後半60年が芸術的活動期

doubled 60-year durations,
対の60年(=120年):
技術革新における前半(形成期)と後半(組織的応用期):
紀元前510年を境としたギリシャの壺絵の革新期、
4から5世紀にかけてのマヤの彫刻、
12世紀ゴシックの発展期、
14世紀ルネッサンスの展開期、
1650年以降の日本の木版画、
19世紀のスカイスクレイパーの発展

Near three centuries,
およそ300年:
ひとつの文明社会でつくられた主要な形の持続期間

from ‘The indiction as module’, “The Shape of Time”

*”The Shape of Time: Remarks on the History of Things” by George Kubler, 1962

Style:

“Wave Cycle,” drawing by Ad Reinhardt, undated. Courtesy the Ad Reinhardt Foundation.

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一般公開特別講義・野老朝雄・「個・律・群」・2016年11月23日午後2時30分より


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特別講義(一般公開)

INDIVIDUAL AND GROUP 個・律・群

・講演者プロフィール:野老朝雄 Asao TOKOLO
1969年生まれ。幼少時より建築を学び、江頭慎に師事。2001年9月11日より「繋げる事」をテーマに紋様の制作を始め、美術、建築、デザインの境界領域で活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいて定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も行っている。
2016年~東京大学工学部非常勤講師、東京造形大学客員教授

・日時:2016年11月23日(水)14:30~17:30(14:00開場)

・場所:東京都新宿区大久保3ー4ー1 西早稲田キャンパス56号館103教室
(東京メトロ副都心線西早稲田駅直結、JR/西武新宿線/東京メトロ東西線 高田馬場駅より徒歩15分)
アクセス詳細;access: https://www.waseda.jp/top/access/nishiwaseda-campus

・お問い合わせ:早稲田大学西早稲田キャンパス55号館N棟8F-9
中谷礼仁研究室 担当:野村 03-5286-2496

・後援:早稲田大学建築学研究所

*建築学科の学生の1年生に建築周辺の生き様を伝え、業界病に備える設計演習Aプロデュース・特別公開講義。本年度は野老朝雄さんを迎えて3時間のセッションです。一般公開になります。楽しい講義になるように努めます。ご来場をお待ちしております。少し会場がせまめ(240人収容ですが)ですのでご容赦願います。

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中村敏男先生がご逝去されました。御冥福をお祈りします。


今月17日、かねてより療養中でした初代『a+u』編集長・中村敏男氏が逝去されました。ご冥福をお祈りします。
公私にわたりよくご指導いただきましたこと、記して今一度御礼申し上げる次第です。

Friends –
Mr. Toshio NAKAMURA passed away at October 17th, 2016.
Mr. “TOSHI”, Toshio NAKAMURA was one of founder and otiginal chief editor of architectural magazine “a+u”. Moreover he translated many principal  architectural texts throughout  his life.
His contribution to architectural world is worth to be always remembering. Many thanks, Mr. NAKAMURA with his brilliant memories.

長谷見雄二先生による第19回稲門建築会特別功労賞受賞時の、すがすがしい推薦文をここに掲載させていただきます。

中村敏男氏は、1958年『近代建築』編集部に入社して当時初期段階にあったグループ・メタボリズムの初の特集を編集担当(1960年11月号)した後、鹿島出版会に移籍してSD選書を企画。更に1970年には日英併記の世界的規模の建築雑誌『a+u』の初代編集長となり、当時新進建築家だったシーザー・ペリ、ノーマン・フォスター等をごく初期に特集紹介するなど、歴史的慧眼に裏打ちされた多くの問題提起的書籍を発刊し、現代の日本および海外の建築文化を活性化させてきた。

一方、西欧諸国の特に近代初期の重要文献を和訳して日本に翻訳紹介したことも、日本における近代建築の理解と咀嚼、深化に多大な貢献であった。
中村氏の業績、見識には国際的な評価も高く、89年アメリカ建築家協会名誉会員、90年英国王立建築家協会名誉会員に選ばれ、91年、プリツカー賞の審査員となり、9年間、三期に渡って審査員をつとめられた。96年AIA名誉賞等を受賞するなど世界的評価の高さに比べ、国内ではその重要性が十分、認識されてこないまま、今日も、近代建築理論の研究に余念のない姿勢は、いかにも早稲田人らしい清々しさである。

これから育っていく早稲田建築の人材の目標としてふさわしい国際人として稲門建築会特別功労賞に推薦申し上げる次第です。

(長谷見雄二・早稲田大学建築学科)

略歴)
1931年 東京・王子生まれ
1958年 『近代建築』編集部、初めてのメタボリズム・グループ特集号(60年11月)
1963年 鹿島出版会、SD選書を企画発刊
1970年 「a+u社」を設立し、翌71年発刊より取締役編集長(95年まで)。
1989年 アメリカ建築家協会名誉会員
1991年 プリツカー賞審査員(2000年まで)
1996年 AIA名誉賞受賞
2010年 日本建築学会『建築雑誌』顧問(2011年まで)

主な業績)
1966年 G.F.チャドウィック「ジョセフ・パクストンの生涯」(Space Modulator,No.24,日本板硝子)
1967年 ピーター・コリンズ「近代建築思潮」(『国際建築』美術出版社にて翻訳掲載)
1969年 ハンス・マリア・ウィンケラー『バウハウス』(田中正雄、横山正と共訳、造形社刊)
1982年~3年 スティーヴン・ベイリー『建築からインダストリアル・デザインまで、1900-1960』の全訳掲載(「Art Vivant」西武美術館)
2003年 ケネス・フランプトン『現代建築史』(青土社)
2006年 アンソニー・ヴィドラー『歪んだ建築空間』(青土社刊)
2006年 ピーター・ブランデル・ジョーンズ『モダニズム建築』(風土社刊)
2007年 Toshio Nakamura編 ”Glass House” (YKK AP刊、The Monacelli Pre ss 2007)
2015年 中村敏男『日記の中の建築家たち』(acetate2015年)
そのほか『a+u』誌上では、ケネス・フランプトン「ジョン・ヘイダック論」、ジョン・ヘイダック「時間から空間へ」(75年5月)、コーリン・ロウ「透明性I」(74年7月)等、小論文の翻訳多数

nkmura

中村敏男氏による代表的編集ならびに著作:上左)近代建築1960年11月号「グループ・メタボリズム」上中)SPACE MODULATOR (The Work of Sir Joseph Paxton”抄訳1966年No.24)上右)a+u創刊号(1971年1月)下左)ポストモダニズムの建築言語(a+u1978年10月臨時増刊号・翻訳竹山実)下中)GLASS HOUSE(編著2007年)下右)中村敏男『日記の中の建築家たち』(acetate2015年)

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過去の人間も間違い、そして今後も人間は間違い続ける–「千年村憲章」を公開しました。


当方も参加している、長期にわたって存続した地域を、古文書という客観的な媒体を用いつつ直接訪問することによってその生存条件を探る千年村プロジェクト

その未来に向けての方向性をまとめた千年村憲章(Millennium Village Charter)が本拠のホームページから発表されました。十全な討議を経た上での公開です。

今後、千年村プロジェクト手法の公開と参加方法について、さらに討議を経て公開していきます。

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70年代前後のタウンマップの書きかけ ニコニコ堂主人・長嶋康郎さんから


ニコニコ堂店主、『ニコニコ通信』の作者・長嶋康郎さんから封書が来た。開封してみるととても貴重な記録なので、長嶋さんに連絡して公開の許可をもらいました。著作権は長嶋康郎さんです。無断使用は禁止。参考にしてください。

以下説明。

長嶋さんによると、68年ごろからいわゆるタウンマップを作ろうと思い立ち、新宿、渋谷、吉祥寺(長嶋さんの地元)と作ったのだという。吉祥寺のものは一部完成して発表されているが、長嶋さんらしく(失礼)、中断したものも多い。しかしながらその時代、どんな店があったかを知る貴重な資料であります。おそらくクリックすると大きくなると思う(クリックすると、フルサイズで見るリンクがあるのでそれで拡大できます)のでご確認ください。図版にそれぞれ簡単なキャプションをつけました。

長嶋康郎さん、こんな貴重なことやっていて、ありがとうございました。初田香成さんとか使ってくれるかしら。

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