講義録シリーズ『実況 比較西洋建築史講義』2020年10月末、インスクリプト刊


通史を扱い、わかりやすく書くこと。難題であり、4年かかってしまいましたが、なんとか公刊できるまでになりました。

私のもともとの専攻は、幕末から日本近代の建築思想と技術でした。しかし恩師いわく、常日頃より、どんな領域でも語る準備をしておかねばならないという。それゆえか大学の授業では、多くの先人によって磨かれた西洋建築史の講義も、21世紀初頭から受け持つようになりました。その時、以下の目標を立てました。

・学生時に聞いた時に、どうしても理解できなかった西洋建築展開の筋道を自分なりに解決して提示すること

・建築史という学問による事象発見の順序も、通常の建築史の年表的順序に加えて話すこと

そのために用いたのが比較という手法でした。建築史の独自性は、かたちによって時代を整理、判定することにあります。一般史が文献を基本にすることとの究極的な違いです。もちろん文献資料も併せて使いますが、古建築には「竣工■年、作者■■」というシールが貼ってあるとは限らないのです。この建築史の特質はたまに一般史と齟齬を起こします。その代表的なものは法隆寺再建・非再建論争です。この論争は文献研究によって、当時の建築史研究者が述べた様式、規格尺判定による非再建論を駆逐していくのですが、そもそもこの論争の構図を作り得たのが建築史の独自性だったと私は考えています。2つ以上の建築を比較するという基本的な手法は、文字を介さない分析方法として現在でも十分おもしろい学問方法だと思います。かたちの分析には、この比較を欠かすことはできません。その比較作業を通常の範囲より広げたのがこの『実況 比較西洋建築史講義』になります。ファクトチェックは、西洋建築史の俊英の伊藤喜彦先生(東京都立大学)から指導いただきました。

歴史といえば暗記ものという考えに慣れている建築史の初学者にむけての、実は異議申し立ての教科書でもあり、ゲームなど仕込んでいろいろ楽しそうですが、実は上記のような難しいテーマを秘めています。授業ではあえて隠してきましたが、書籍版ではむしろその隠されたテーマをたくさん追記しました。結果的に読み物としても十分耐えうるものになったかと思います。書誌情報の他、あとがきを掲載しておきます。ぜひご購読をご検討ください。

紹介(版元コムより

版を重ねた『実況・近代建築史講義』の姉妹篇。本書では古代ギリシアからルネサンスの始まりまでを扱う。聴けば建築史が好きになる早稲田大学の人気講義をまるごと収録。「歴史とは、少なくとも二つ以上の事象の間に発生する想像的な時空のことである」。複数の建築物・事象を比較によって類推し、なぜそのように構築されたのかを歴史的背景とともにわかりやすく解説。代表的な建築物と当時の時代精神、新たな構法が導入され課題が克服されてゆく変遷の様子が、歴史の動力と関係づけて理解できる、面白さ抜群の中谷建築史入門篇。付録・比較西洋建築史講義地図付。

目次

歴史は比較の実験である

I 建築史のレッスン

第1回 世界建築史ゲーム 2つ以上の事物のあいだで

COLUMN1 世界建築史ゲームの結果発表

第2回 伊東忠太の世界旅行 パルテノン×法隆寺

第3回 動く大地の建築素材 石×土×木


II 西洋建築を比較する

第4回 ギリシア建築と建築教育 ウィトルウィウス×現代建築学

第5回 黄金のモデュール ギリシア比例論×ル・コルビュジエ

COLUMN2 オーディオコメンタリーを活用すべし 映画で見る建築史

第6回 ローマ帝国の誕生 柱梁×アーチ

第7回 ローマ都市と世界 集中式×バシリカ式

第8回 修道院の誕生 古代末期×ロマネスク

第9回 建築の奇跡 ロマネスク×ゴシック

第10回 ゴシック建築を支えたもの 僻地×都市


III 漂う建築史

第11回 もどれない世界 ルネサンスのなかのゴシック 自然誌×操作史

第12回 モダン建築史ゲーム 浮遊する建築様式のあとで 普遍性×固有性


あとがき

収録情報/講義情報

図版出典

索引

[付録]実況・比較西洋建築史講義地図

あとがき

 大学に入る前から、歴史は嫌いではなかった。講義でも述べたが、高校時代の世界史の教員が生き生きとした授業をしてくれたからである。
 そして、建築も嫌いではなかったが、建築を思考する土台が予想以上に保守的であることに違和感を覚えた。『実況・近代建築史講義』でも述べたが、建築は基本的には遅くやってくる芸術である。なぜなら、建築の実現にはまず資本が必要であり、錯綜する思惑を統合し社会空間的に安定させなければならないからだ。その意味で、学生の頃の私は、ミュージシャンが刻む新しいリズムのパタンにこそ最も早い世界の兆候を聴き、次に言葉、次いで平面作品や小規模のオブジェに、次第に固まりつつある世界像を見ていた。建築が受けもつのは、それら前に行くものの試みを、さらに力強く社会的、空間的に実現させることなのだ。この「遅さ」には逆に他の芸術がなしえない、空間をつくるための幾何学があるのだから、悪いことだけではない。


 大学時代の私には、高校以来ほぼ毎日通っていた店があった。もう廃業してしまったが、高田馬場の某有名中古レコード店である。買ってすぐ売れば、差額は300円から500円くらいで、気に入ったらコレクションできる。ある日、入荷したての中古盤をチェックしていると、カウンターにいたその店の主人に声をかけられた。その主人曰く、2階に店を増床するから、その分のレコードのクリーニング、パッケージング、そして値段づけまでやってみないかということだった。
 「高価な盤はないから心配しないでいい。私が求めているのは妥当な値段設定」。
 そして、夏休みに数万枚のレコードを触り、クリーニングして、値段をつけた。それは私が大学時代に得ることのできた最も貴重なアルバイト、そして授業のひとつになった。
 まず、物理的に溝に変換することで音を記録した約30cmのビニール円盤がある。さらに、同じ内容でも時代によって異なるレーベルが存在する。さらに細かく言えば、プレスの版数も異なる。それらは再生音を左右するカッティングの違いにつながる。そして、ジャケットの紙質、印刷、匂い、折り方の違いがある。また、ジャケットのデザインも重要である。そのデザインは収納された音に見合った視覚的イメージでなければならないはずである。音とイメージに甚だしいギャップがあれば、そのレコードのつくり手にはセンスか情熱かもしくはそのいずれもがないのだ。さらに盤には多かれ少なかれ使用に伴う傷がついている。傷は大きくても浅ければノイズは小さいが、小さく見えてもクリーニングの時点で手に引っかかるような深い傷もある。これは大きく値段に響く。知れば知るほど、最初はひとつの音だったはずのその世界は細分化されていく。こういうことをすべてまとめて、最後はえいやと値づけをするのである。1枚のビニール盤に社会の動きが濃密に凝縮されていた。そのうえ、一旦流通したものが役目を終えて集まってくる中古盤店には、過去を新しく価値づけるという歴史的評価の層が加わっていた。私はそこで、おのずと歴史学でいう史料批判(その資料がどのような価値をもつかを吟味する)の方法を身につけることができたと思う。だから私の歴史の最初の先生はこの中古盤店であった。


 建築ができるまでの過程は、そんな1枚のビニール盤よりもはるかに複雑なことは確かである。しかし、本質はそんなに変わらないと思う。建築に埋没するのではなく(私にはこれができない。正直に言うと嫌いである)、むしろ建築を主体的に価値づけるためには、この講義で再三説明してきた比較という行為が有効である。先にも説明したように、中古盤が出来上がるまでの各プロセスのよし悪しを判定するには、それぞれに独立した比較要素が存在していた。建築のよし悪しを決めるときにも、その建築がどのプロセスにおいて優秀なのかを考えてみたり、音とジャケットデザインの関係のように異なる部分が予想以上の相乗的な効果をもたらすことに驚いたり、それらが結果としてその建築総体の質を決定しうるほどの特筆点をもっているかを検討しているのである。この書籍では、実際の講義に基づいて、そんな、建築のよし悪しを自分で判断しうるいくつもの比較の方法とその組み合わせ方を提示した。歴史に残る建築とは、心に残る音楽、言葉と同じく、諸要素のチューニングがこのうえもなく「ビシッ」と合ったときに現れる。


 そして最後に。この本は『実況・近代建築史講義』より前の時代を扱っている。通常の時代区分であれば、西洋建築史は19世紀折衷主義まで、近代建築史は近代主義建築が始まる主に20世紀以降を扱う。しかし私の考えに従って、本書『実況・比較西洋建築史講義』は古代ギリシアから15世紀ルネサンスのとば口まで、『実況・近代建築史講義』は同ルネサンスから近現代までを展開した。だからこの2書はつなげて初めてひとつのまとまりになっている。
 これとは別に、いまの大学では担当していないが、30代の頃勤務していた大阪の大学では日本建築史の講義も担当していた。関西だと、疑問があればすぐに法隆寺や東大寺を見に行けたりするので、とても楽しかった記憶がある。その講義ノートも手もとに残っているので、必要に応じてまとめてみたいとも思っている。
 前作から丸3年が経ってしまったが、企画としては近代編と西洋編は同時進行していたものであり、時に中断しながらも、数年にわたって根気強くまとめる作業が続いた。収録情報の日付が古いのはそういうわけである。講義の内容は毎年更新されるため、順番を入れ替えたり、書き下ろしに近い加筆を行った回もある。その過程で足した「比較」という言葉こそが、本書の主人公になった。「比較西洋建築史」という言葉が当方の授業をうまく伝えていると思ったので、2020年度の授業より、大学での講義名も同じ名前に変更した。
 常に古きをたずね、自分のなかの建築地図を更新していきたいと思う。

2020年4月6日
中谷礼仁

rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
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