XX空間のイメージ ネパール・カトマンズにて2019年4月から5月(その1)


2019年4月26日から5月7日まで、カトマンズのパタンにて建築家石山修武氏が提案している芸術学校White Mountain Moon Collegeの新設活動に立ち会いました。
おそらくフラーも参加していたBlack Mountain college から着想を得たと思われます。開校日はMoon、つまり太陰暦で決めるとのこと。氏からは当初レクチャー担当を打診されたのですが、そう簡単には済まないことは覚悟していました。おそらく学校のハードとしての実体はまだないのであろうと…

というわけで、最初はレクチャーにこぎつけるまで、開校のための示威活動としての市内の公共水場の清掃活動に参加して、日本人たちがなぜか街を掃除しているぞニュースに出演したりしていました。そのあいだも石山氏は以前に知り合った若い現地の画家が経営するボダナートのチベット難民地区にあるギャラリーに目をつけ、そこで準備レクチャーをすることを取り付けました。レクチャーは予定通り実現したわけです。(以降長文になります。)

さて、当初の打診の段階から、ネパールで何をレクチャーするかは決めていました。それは家から、そして女性性から、社会空間を設計し直すという提案です。なぜネパールでこの内容だったかには二つの理由があります。

XX空間への興味
一つは、女性性への着目です。2013年2月、プレート境界の旅の途中に訪れたカトマンズ市内で同地の住居形式に触れて以来、家が持つ社会への能動的な役割に興味を持っていたからです(ブログ内リンク1リンク2、参照:「溜まる街 カトマンズ盆地にて」『動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する』2017)。現地名でヴィハール(Vihar)というその伝統的集住ユニットは氏族(toli)ごと、中庭を囲繞するように建っています。過密化した都市の中ではその氏族の空間の私有関係は立体化し複雑化しています。往来に面するヴィハールには、ほぼ例外なくその一階が間口の狭い各種の店が付加されています。裏にあるヴィハールでは店の代わりに何らかの仕事場になっています。
さてその住居をめぐって、滞在中、特にベルの実との結婚(Ihi)という、カトマンズの主要民族であるネワリ族の少女に特有の儀式について興味を持ちました。それは少女が家の中庭で、ヴィシュヌ神の化身であるベルの実と象徴的に結婚するものです。これは少女とその出身の氏族の共有空間を代表する中庭が紐付けされるということに他なりません。これによって後の男性との結婚は相対化され、彼女とその出身家の関係は維持されるという巧妙な役割があると感じていました。そのほかにもカトマンズの居住形式には女性性が高位についている所作があります(次回に紹介予定)
もう一つは、家の社会的役割です。近著『未来のコミューン』(インスクリプト、2019)の結論部分で私はこう書きました。「家、社会がそれぞに含む要素の境界は注意深く再定義しうる。なによりも自らが望むべき両者の平衡状態に向けて、形とコンテクストの閾をほぐし、あきらめずに境界線を見いだし、再び集合し、新しく空間を確保すること。これが未知の「家」、そして未来のコミューンである」(p.256)と。
つまり家は通常、特に日本の都市部では、私的なものとして社会から分離しているように見えます。しかしながら都市の風景を見るとき、その空間を実体的に構成するのは集合住宅も含めた家、居住の割合が半分以上なのではないでしょうか。公共建築が提供する公共空間の他に、家から発する公共空間が潜在しているはずです

女性性、そして家から生まれる公共空間の性格を検討することは、この数年私が常に抱いてきたテーマの一つでした。そのシナリオはネパールを発つ前に発表済みでした。

 例えば次のような建築提案はわかりやすいだろうか。プロジェクト名はXX建築である。 XXは女性性を示す染色体記号である。その建築の目的は女性の活動・生存様式を優先してあらゆる社会的建築、空間のデザインを作り変えることだ。一方で現在の社会を構成するかたちは男性=XYを主体として構成されている。現在のオフィスは、家内制手工業から離れ、産業革命以来の産業建築の派生物である。その建築の中で人は性や死を権利として行使することはできない。産業建築は人間の生物的側面を排除するために作られたのであり、その理想は「二四時間営業」である。その目的のためにはXYの活動・生存様式の方が都合がよかった。それゆえ不可避的に月一の中断を持ち、妊娠と出産の契機を持つ女性性が登場するには、XY+Iのオプションとしてでしかありえなかった。あきらかに活動機能の種目の多いXXが、少ない XYのふりをしなければならなかったのだ。しかし今ここで社会の活動原理をXXから始めたらどうなるだろう? すると社会には中断の時間があちこちで頻発するようになる。そうすればおそらく社会構造は根底から変更される。(「未知の家から見える風景・XX」『文学界』2019年4月号)

結果的にこのレクチャーにおいては、女性性の部分まではディスカッションが深められませんでした。しかしながら家から発生する社会的空間のメカニズムについてはある程度その骨格をつかんだと思います。

レクチャーまでに準備したもの
日々方針や条件が変更される中での発言の方法には臨機応変の準備が必要とされます。言葉だけからプロジェクター環境が整備されるまで、いくつかの段階を見越して現地で準備しました。以下がその内容です。

1)ベルの実の実物を獲得
まず私がある程度カトマンズの市内居住の内実を知っていることを示すためにも、ベルの実との結婚についてのディスカッションが必要です。そのためにはまず私が見たことのない本物のベルの実を手中にすることが必要です。最初ゲストハウスの主人いわくの家に残っているはずの実を探し出してくれるのを期待していましたが結局見つからず、マーケットで探して買ってきてもらいました。一個60ネパールルピー。既往研究通り、柑橘系の硬い実です。この中の果汁はいつまでたっても腐らないことからベルの実が象徴的に用いられたのだとのこと。

2)主張内容の現地フライヤー作成
次に、石山氏の機嫌のいい時(朝)に当方のレクチャー内容を一発で了解させるために、心のこもった主張書を日本語で書きました。氏はじっくり読み込んで、予想外の無条件オッケーを出しました。今回のメイントピックにするとのこと。すかさず、日本語のできるゲストハウスのマスターにお願いして、手書きで翻訳してもらい、それを現地のコピー屋さんでコピーし、最低限の資料はこれで完備させました。マスターは日本語教師のところにまで出向いて、正確な翻訳を期したとその紙を当日渡してくれました。パタンのMahabuddha guest houseは日本語完全対応です。安心して宿泊してください。

3)当日までに現地で集めた風景素材
さらに聴衆に納得してもらうには、とりあえず当方が現地を数日間は歩き回って素材を探したことを示すことも重要です。東京に外国の先生が来て、「新宿から学ぶ」とか言って、ネットから拾ってきたネオンサインの写真一枚をイメージに出していたらちょっとげんなりします。あれを回避したいと思います。実際に現地で街を歩きつつ考えをまとめたのでその時の写真をいくつか用意し、その風景がXXか、XYかを検討してもらうのに使うことにしました。

4)プロジェクター用プレゼンテーション
プレゼンテーションには、ライブ感も必要というか、どうしてもそうなってしまうので、作図の難しいところはノートに手書きして、それをスマホで撮影して、プレゼンテーション内に落とし込みダイアグラムを作成しました。

次回はレクチャー当日のプレゼンテーション内容について報告したいと思います。(つづく)

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
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