賀頌・かたち三部作仕上がりました


2019web

あけましておめでとうございます。かたち三部作(自分の中での企図ですが)がようやく仕上がりました。

『動く大地、住まいのかたち プレート境界を旅する』2017年岩波書店では、プレート境界上の動く大地のなかの住まいのかたちを報告しました。

『時のかたち 事物の歴史をめぐって』(G.クブラー、1962刊)2018年鹿島出版会は、頓挫していた翻訳プロジェクトがようやく日の目を見たものです。

『未来のコミューン 家、家族、共存のかたち』2019年インスクリプトが刊行の運びとなりました。家に込められた近代的課題の解読を中心とした共同体論になります。

いずれも長い時間がかかったものですが、途中で東日本大震災後の状況を色々感じつつ、かなり深掘りをした作業になりました。後半二作について紹介します。(*と思ったのですが、以下長くなったので『未来のコミューン』については、また日を変えてしっかりと紹介させていただきたいと考えます。→書きました。)

人間が作ったあらゆる事物のかたちのシークエンスによって歴史の新しい記述方法に挑んだ『時のかたち』(1962)の邦訳は公刊済みです。この本について、なぜ解題を書かなかったのか、なぜ訳注が極端に少ないのか?という質問をいただきましたのでお答えします。翻訳書刊行に向けての交渉時(2005年ごろ)において、クブラーのご遺族から翻訳について様々な条件が付されました。実現が難しい注文もあり、これによって邦訳刊行はいったん頓挫しました。その後、著作権管理がイェール大学出版局に移行することによって、ようやく2015年ごろから刊行作業が事務的に動くことになりましたが、今回の刊行にあっても以前の条件の一部(解題、訳注の禁止)は動かしがたかったというのが実情です。まずは相応に妥当性のある翻訳の公開をめざしました。精訳においては加藤哲氏に本当に懇切にご指導いただいたこと、多くの訳注を削らざるを得なかった共訳者の田中伸幸氏の並々ならぬ苦労と無念をねぎらわずにはおれません。解題ではないのですが、私自身は『セヴェラルネス』2005、そして授業の建築史の内容(『実況 近代建築史講義』2017)がクブラー読みの結果としての間接的な産物でした。そのほかに三中信宏・中尾央編『文化系統学への招待文化の進化パターンを探る』2012において明治期工匠たちによる折衷建築・擬洋風(これは好適な題材!)をクブラーの系統年代(systematic age)理論で分析しました。なおクブラー自身がこれまでの批評に答えるかたちで、1982年に以下の小論を発表しているので、同書の基本的な疑問点を検討するのに役に立つと思います。(The Shape of Time Reconsidered”, Perspecta: The Yale Architectural Journal, vol. 19, pp. 112-121

31rB9R7y22L._SX340_BO1,204,203,200_.jpg

この本は読者の興味や状況に応じて、千変万化の効力を発揮します。今回私が最も興味があったのは素形物(prime objects、事物のシリーズの最初の位置に置かれる決定的な作品、「発端物」という訳も考えた)の生まれ方です。それは結局事後的に見出されるのではないかという批判が当然予想されるからです。個人的な読みではクブラーはそれをまず偏流(drift、サピアによる言語学用語, pp.122-特に124)+変異体(mutant, p.88)の組み合わせでクリアーしようとしたように思います。特に偏流は(本書の途中から出てくるにしては)重要な概念で、クブラーは私たちの格別の創作意識には関係なく、かたち自体が持つ周期的変化と説明しています(追記:少し筆をすべらせれば、伝言ゲームのような模倣過程による必然的なずれの発生をイメージします。もう少し言えば、模倣の飽きに由来するヴァリエーションの発生とか-招待状を沢山書かなければいけない書記が送ったその知られざる微細なヴァリエーションというクブラーの例えはとても面白いです。p.148)。その変化は系統に編年があることの裏付けであり、考古学的出土品の形態比較による年代判定(cultural clock)を思い起こすとよいかと思います。それはしばしば意味解読の際には余計な雑音や、通奏するうなり(ハム)にもなるわけですが、そのうなりが特定の閾を超えた時、伝達情報の組成に変異が生じて、チューニングがピシッと合ったように人々に対してその形態の意味が構成し直される時があると私は考えます。「内容+ハム」(単なる周波数の重なり)が「新しい内容」(有意な音)として同期し受け止められるプロセス、これprime objectsの誕生ではないのかな、と思います。クブラーのパルテノンprime object説(pp.90-92)を読むとその思いを強くします。そしてこれは事後的というよりは、そのつど、諸作品との生きた比較行為を通して、次代の制作者が抱いた過去への挑戦として形成されてきたのだと思います。当然ですが、つくる人は同時に見る人でもあります(芸術家が単につくる人だという大きな誤解をしがちなことは常に諌められるべきです)。これは本書のあらゆるところで強調されています。この状態によって過去の事物が芸術家たちと有意に情報をやりとりする事物のシグナル(signal, p.50)からシークエンスの生成(p.74)もようやく成立します。これによって時のかたちは紡ぎ出されるのではないでしょうか。以下二つ個人的に思い当たった例を紹介します。

例1)これprime objectかも?と思い直した個人的経験を解説します。本来は視覚的に感知しうる形態について紹介するべきなのですが、音楽(ドラムの音作り)についての話です。スネアのリバーブ(残響)を途中で断ち切って、まるで鉈を下ろしたような迫力ある音にする手法をゲート・リヴァーブ (Gated Reverb)といいます。その牽引役だった音楽プロデューサー・スティーブ・リリー・ホワイトによるその登場(=完成)は、ピーター・ガブリエルの『III』(1980)においてです。しかしその一年ぐらい前からスティーブの音作りがだんだんと変わっていることに気づいていた当時の私(レコード屋のアルバイト高校生)は、その連続的発展であったはずのその音作りの存在意義が、ピーターのアルバム上で全く変化したことにびっくりした記憶があります。それ以降この手法はチューニングがずれていくように次第にその特別な意味を薄めていきました。こんなように色々と自分の知覚経験と重ね合わせて考えてみるのが一番面白いと思います。ゲート・リヴァーブ誕生前後の音を確認しておきます。いずれもスティーブのプロデュースです。

XTC – Making Plans for Nigel – Drums and Wires [1979] 別のチューニングです

Peter Gabriel – INTRUDER – III(1980) ゲート・リヴァーブの誕生

Big Country – IN A BIG COUNTRY(1983) チューニングがずれた状態、その後廃れました

時系列できれいにその音作りの変化がわかりますが、ゲート・リヴァーブを別のシークエンスに取り入れ、その存在意義をさらに拡張してみせたのがジョン・ライドン率いるパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)によるアルバム『フラワーズ・オブ・ロマンス』1981です。ちなみにこのアルバム制作の途中で、当初雇われていたスティーブは解任されています。彼のゲート・リヴァーブは換骨奪胎されてしまったのです。当時のジョン・ライドンの音作りの構想の大きさがよくわかります。PILはこの時が頂点であり、未到です。現在停止したシークエンス状態にあると思います。

PIL – FOUR ENCLOSED WALL – UNDER THE HOUSE – Flowers of Romance(1981)

例2)別例をもう一つ挙げます。ジャレド・ダイアモンドが編集した『歴史は実験できるのか』邦訳2018の第1章「ポリネシアの島々を文化実験する」(ジェイムズ・A・ロビンソン)です。ここにおいてポリネシア諸島に広がったココナツ削り機のオリジナル探しを、語彙、意味、形態(転用物含む)の変化による分析「トライアンギュレーション」(かたちが指し示す時空間を決定するには三つ以上要素が必要という示唆とも言える)という方法で行なっているのですが、それぞれが持つ偏流(drift)とそれらの系統年代(systematic age)の組み合わせを想定した方法です。これもまた、prime objects探しにかなり接近しているのではないかと思います。

質問をいただいた某教授は、以前からこの著作の重要性を認知していた人物で、おそらくどこかでその方なりの厳密な「解題」が登場してくるかと思います。その際にはまたおしらせします。良い年をお迎えください。

 

rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: Publications, Uncategorized パーマリンク

賀頌・かたち三部作仕上がりました への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 『未来のコミューン 家、家族、共存のかたち』1月25日刊行 | Nakatani Norihito's Blography

  2. ピンバック: なぜ家は存在するか、『未来のコミューン 家、家族、共存のかたち』1月25日刊行 | Nakatani Norihito's Blography

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中