パタンランゲージを用いた、べてるの家の出会い建てるプロジェクト


IMG_0223
本拠のホームページが公開されました。
べてるの家の出会い建てるプロジェクト
正式公開というわけです。突然にべてぶくろへ提案し、僭越ながら協力させていただいている身として、皆さんに有形無形のご協力を賜りたいと思います。

「べてぶくろ」について
まずこのプロジェクトを主催している「べてぶくろ」ですが、リンクに詳細な解説があります。
要約すると、
北海道・浦河に、精神障害等を抱えた当事者の活動拠点「べてるの家」の精神をうけついだ東京での活動拠点で、池袋にあるので「べてぶくろ」と言います。その活動内容は多岐に渡りますが、いけぶくろでのホームレス支援に端を発し、様々な精神障害等を抱えた人々の共同住居やグループホームの運営や当事者研究などの学習会を行っています。

次は私の事情です。
実は化モノ論(2008)以来、人間と家との根源的関係を探ろうとする書物をまとめようとしてから7年近くが経ってしまいました。その予告はこのブログでも紹介しました。2012年に書いた部分をアップしています(第四章 近代家族への宿題 )
その後、近代における宗教家族ユートピアや諸問題を書きあげて(「大地を揺らすこと」)、結章を書くだけになったのですが、ここで2年間ほど逡巡をしていました。
私は、20世紀までの様々な宗教家族ユートピアの失敗や衰退(特にアメリカ)をとりあげるなかで、それに代わる互酬的な共同体があり得るのかを模索していました。その時に見出したのが病を共有する共同体です。
病は近代においては半ば隔離された擬似共同体でした。しかしその垣根を外されたとしても、病を共有するものは、それによって集まらざるを得ないだろうと思ったのでした。つまり病を生きるための共同体です。かつ、精神障害の多くは、その当事者の遺伝的気質に最大の根拠があるのではなく、社会的環境的コンテクストをパッシブに受け入れたが故の結果であろうとも思いました。つまり病とは、その根拠を社会的に受け入れやすいように表現できれば、それは社会への有効なフィードバックたりうると思いました。

いろいろな事象を探しました。60-70年代の反精神医療(例えば、精神症例が親と子の問題から発生している場合が多いのに、医者と患者とはそのような関係性の横滑り等ではないかという批判など・D. クーパー『家族の死』)の諸事例を眺め回しましたが、色々な問題が錯綜しており、そのまとめを私が行うことは筋違いであるとも感じました。私の問題はあくまでも家の「改善」にあったからです。

最良の例はR.D.レイン周辺が行った、医者と患者がその役割を曖昧にして共同生活を行ったキングスレイホールの事例です。最近はその後を追った写真集も英国で出版されています。しかしこれも過去の運動として、幾分政治的に葬り去られてしまっている気配がありました。

執筆を諦めかけた頃、ようやく出会ったのが浦河べてるの家の活動です。たくさん関連書籍が出ています。テレビにもたくさん登場しています。私はかれらについてはかなり奥手でした。彼らはその体験を社会に臆せず、発表可能な形で発表し、病をえたままの人格の回復かつ活動資金すら回転させる活動を繰り広げていました。もちろんその背後にいろいろな課題や苦労があるとは思います。とはいえその発表の仕方が気に入りました。これまでのモザイクのかかった患者紹介の、いかにも見てはいけないものをみるかのようなマスコミの画面に滅入っていた私にとっては、青天の霹靂でした。Youtubeにも彼ら自身がアップした予告編がたくさん乗っています。

浦河を見学しようかと思っていた矢先、その主催者の息子さんが東京で東京版べてるの家としての「べてぶくろ」を主宰していることを知りました。私はこれは素晴らしいと思いました。もしかしたら過疎地だからこそ、その活動が認められたもしれないべてるの家が、過密都市住居の隙間の中で行うことには幾多のチャレンジしがいのある困難があると思いました。特に彼らの主眼であるグループホームを見つけることなどに関してです。
私は中井久夫の『世に棲む患者』は名著だと思いますが、世にひっそりと棲んでいる患者のイメージには抵抗がありました。彼らの借りるグループホームが都市的高密地域にある場合、当然改善点が多いであろうことが、経験的にわかっていたからです。

私は息子さんの向谷地宣明さんに手紙を書き、べてぶくろを舞台にした住むことの改善を提案させていただきました。ちょうど宣明さんも改造の必要を感じていて、とにかくやってみようということになりました。用いるのは誰にでも使えるというのが売りのクリストファー・アレグザンダーのパタン・ランゲージです。以前この方法が本当に誰でも使えるのか確かめるワークショップを2005年に行ったのですが、幸い良い結果となりました。
興味を持った学生と一緒に、べてぶくろで勉強会とワークショップを開いていただき、そこに参加させていただくことにしました。いままで何回かの勉強会を行いました。予想通り、棲むことの問題点を多く知る参加者の提案するランゲージは素晴らしいものがありました。たとえば
勇気のいらない玄関」「シャバの青空」など、しびれるくらい良い言葉です。予想は当たっていました。

これをどのようなランゲージの体系に展開して、かつ具体的な改善箇所に結びつけていくかが、今後の楽しみです。自力リフォームが前提ですが、大工者集団鯰組の本拠事務所がべてぶくろの目と鼻の先にありました。彼らの経営しているなんてんカフェ(おすすめです)で社長に相談したところ、一人大工を指導者としてつけましょうという提案をいただきました。まさにコミュニティアーキテクト方式です。これも次回の勉強会で提案させていただこうと思います。

おととい学生から知らせがありました。
「ご存じかもしれませんがべてぶくろHPに本プロジェクトの紹介と寄付金の募集が載っています。
伝えたかったこと全てが載っていてパタン・ランゲージは建築に限らずすべてのことを共有できる素晴らしい方法論なのだと改めて実感しました。云々」

ホームページを見て私もそれを実感しました。図面は頭を固めることがあるが、自然言語はつながります。日曜日は林芙美子記念館に見学の予定とのこと。ぜひ素晴らしいパタンを獲得してください。梅雨明けにはギコギコ、グリグリやりましょう。今度の勉強会ではアレグザンダーのLinz cafeという実現した作品のレポートを持っていきます。彼の中では一番良い作品だと思います。すべての人に自然言語の加護があることを。

広告

rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: Lectures タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中