三層の家


三階建ての家兼クラである三層の家(リンク先は鯰組)をつくりましたので、お知らせします。型枠コンクリートブロック造、20人ぐらいは入れられる小納骨堂付きです。

書誌情報:新建築住宅特集、2013年11月号、新建築社

設計:中谷礼仁+ドット一級建築士事務所、施工:鯰組(現場監督は大阪市立時代の研究室出身の舩橋耕太郎)

クリティークいただいた藤村龍至さんに感謝いたします。

概要を追記しました。(2016年1月11日)

三層の家 中谷礼仁

東京の下町で関東大震災後に区画整理がなされ、東京大空襲に遭遇し、現在は真下をつくばエクスプレスが通る敷地である。近代史に翻弄されたような場所である。施主の要望は、亡き配偶者の残した相当量の書物等を収納することと、鉄筋コンクリートで不燃化すること。併せて施主の長男にあたる当方とその家族が住む住宅を計画することであった。
家は生きている人間のためだけにあるわけではないと思っていたので、都合の良い条件であった。三層の家とした。
一層めが日常的な生活を送る場で、外部の方も、比較的広い庭に気楽に入れる高床下のような場所とした。
二層めを人生を取り巻く少なくないモノの収納場所とした。閉じたアーカイブと一般に開いたアーカイブを作った。人間も住んでいるが、なるべくモノと等価に扱うように努め、両者の境界をあまり明確に定めなかった。
三層めは、二つのウチニワを作り真ん中に、事があれば対応できるようなヒロマをもうけた。北側のウチニワ、この家の最終端には、複数の遺骨を収納できる小納骨室をつくった。
関西に住んでいた時に、定期的に僧侶が檀家に通い、唱える経の声が長屋の壁を通して聞こえてきた。いい風習だと思った。墓の機能を住まいにもどし、僧侶に来ていただけるよう働きかけてみるつもりである。納骨室に収めるのは別に血縁でなくても良いとおもっている。不連続とでもいうべき新しい共同体像も模索した結果である。それが家の主要な機能である。
構法については一つずつ積める型枠コンクリートブロックを採用し、余計な型枠の製作を省くことにした。内部についてはこれまで各地の民家を見た経験を活かして、特に玄関・土間からニワに通じる周囲は、冗長的な使い方ができる空間をめざした。また内部造作は木工をコンクリートブロックに負けない存在として尊重し、やや太い木割でまとめた。(撮影:山岸剛)

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、早稲田大学建築史研究室所属、教授、日本荒れ地学会、日本生活学会、日本建築学会などなど。その正体はResercher of temporal architectural expression.
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