大地から縁を切ること(前編) Sodan (Sumba), Donggo(Sumbawa) Long architectural journey along plate tectonics from Indonesia to Gibraltar


* 参考リンクを末尾に追加しました。

石の話をおえる。次はすみかを立てることの話。

プレートテクトニクス運動がつくりあげる環境のなかで、人間はどういうところを選んで住んできたかというのが継続して行っている旅行の基本の問いかけだった。

これを住まい単体の問題として考えるとき、人間の住まいの基本的な志向性は何だろうか?ということになる。

これについては多くの先行研究者がいろいろな提案をしているが、端的に主張する。
それは座ったとき、寝たときに身体が湿らない、濡れないことなのではないかと思う。
そうでなければ長期にわたって住むことはできない。そこに生きる人間は必ず病気になり、劣化してしまうからだ。
これまでいくつかみてきた先史時代の横穴住居も、平地よりやや高めの乾いた地面にあったし、初期の土間だけの日本の民家にも筵がしかれて少なくとも寝るところは空間が分化している。
逆に土間住まいが発達した住宅様式はベッドという大地から浮遊した場所以外では人間の皮膚は靴やサンダルによって薄く、しかし確実に大地との縁を切っているのである。
この縁の切り方をおおきくは床(ユカ)という。するとクツは最小限のユカであるともいえる。そしてユカ全体が家屋に拡張された原形とも言うべき様式が高床式住居である。その証拠に、儀礼の残っている高床式住居では必ず靴を脱ぐことを諭されてきた。当たり前のことではあるが高床はユカだった。
大地から人間への負の影響を取り払うこと。それがユカの主目的である。その意味で今回訪問できた村の中で2つの村が非常に印象深かった。
一つはスンバ島のSodanという村、もう一つはスンバワ島のDonggoという村である。 この村には共通点がある。いずれも急峻で、ごつごつした岩盤の上に立つ住みにくい場所なのだ。なぜこんなところを選んだのかというと、前者ではオランダや日本人との争いを避けるため(聞き取りによる)、後者ではスンバワ島の原住民の一部が沿岸部のイスラム化を嫌って、奥に分け入った結果である(これは佐藤氏から聞いた)。

1. Sodan, Sumba 2013年3月11日訪問
さて遠くに見える村まで、息をとぎらせながら、急峻な丘を登り、集落のひろがる尾根の手前に来た時点でまずは第一の衝撃である。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

プロポーションとしてはスカイハウスより”スカイ”である。投入れ堂より”投入れ”ている。以下が詳細。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village
送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

迎え入れてくれた長老にいろいろ話を聞く。石の話をきいたら、いやいろいろ難儀で、と傷だらけの手を見せてくれる。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

その後も、村のでき方とかいろいろ確認させていただいたのだが、どうも反応がせわしない。何かありそうである。
実は建て替えている住宅が今日上棟なので、もう行かなくてはいけないとのこと。では上棟を見学させてくれ→いいよ、とのことでその後3時間ほどを立ち会わせてもらったのだった。 そういえば村に来る途中の道に新しく削られ運ばれてきた建材を村に入れるための儀礼の場所に遭遇した。17km先から運んだと言っていた。これだったのか。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

さて、これが上棟直前の大地から切り離されたユカを作るための4本の柱が屹立した建設現場である。ネズミ返しの下に人間の居住空間がつり下げられるように作られ、上は先祖のための空間となる。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

まずは掘っ立て柱の詳細である。岩だらけの大地から岩を掘り出して、1m以上の穴を掘りそこに柱を立てていた。その微調整に様々な大きさのスペーサーが用いられている。最終的にこの部分は周りを石とセメントで固められるようになりそうであるが、まずはとにかくこの硬い大地への柱の突入の感じが構築の意志をよく示していた。そもそもこの急峻な場所では、このような突き立てる方法しか柱は立てられないだろう。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

さて、今日は上棟。先祖のためのユカとそれを守る屋根を作る大事な日である。いつの間にやら先ほどの長老が棟梁に変わっていろいろ指示し始めている。上棟はこの人の指図によっておこなわれなければならないのだった。村の男たちが指示にあわせて部材の現場あわせに余念がない。彼らは山刀一本で何でもこなしてしまう。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

横では村の女性たちが、男たちが屠殺して黒焼きして腑分けした豚一頭から上棟後のめしを作っている。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

さて、ついに上棟の瞬間がやってきた。ある男性のかけ声とともに、調理をしていた女性たちがその手を止め、通奏する高音域の声を発生させる。その環境に合わせて男たちのかけ声が合流し、一気にその軽妙な構造体を立ち上げたのだった。上棟はいつみても美しいが、こんなに美しいものだったとは知らなかった。

構造が多少高度化したら、それはみなで一気に作らないと絶対にできないのだ。これがユカの発生と共同体と定住がリンクしているBuildinghoodの証しなのである。

よかったら飯を食ってから帰れと言う。先ほど殺したての豚のスープとこの村で取れた(裾野に多くの水田を持っている)めしと味つけのための塩という素朴なものであったが、ようやく食べれたという感じである。村の飯はどこでもうまいものだ。市場に出回らない彼らだけのものである。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

工事見学途中、隣の家の柱の補強をしている石の一つをみたら、木の断面丸ごとの化石があった。どうやってできたのかは知らないが、大地とユカとの壮絶な”縁切り合戦”が太古から続いてきたのだと思われた。

送信者 20130811 Sodan, Wanokaka, other village

2. Donggo, Sumbawa (長くなったので後編にまわします。)

謝辞:いつもながらに指導いただく佐藤浩司氏、一緒に調査に参加してくれた林憲吾氏、そしてだんだんと大事なことを教えてくれた村の人々に感謝します。

参考リンク スンバ, スンバ島で家を建てる:佐藤浩司

広告

rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中