家族の子宮を見る。Sawanganにて: Long architectural journey along plate tectonics from Indonesia to Gibraltar


マナドの次の日は、佐藤さんの地元で鍛え上げた現地語でタクシーをチャーターして、高床式住居が残るTresman, 11世紀までさかのぼると言う石棺のあるSangawan, 巨大なカルデラ湖のTondanoに行った。グーグルアースのKMLファイルはここ
20130723 around manado

ここでは、個人的に興味深かったSangawan(上記地図参照)の石棺について報告。

墓と言えば地中海、イランに限らず、やはりここも家型であり、Wale-gaというWaleは家、gaは家族という意味で(現地のガイド、通訳佐藤さんによる)つまりは家族の家→棺というわけである。

家型なので屋根と屋根下部分に分かれている。屋根下は高さ1.2m位で、ちょうど人が屈曲してはいれる位である。手のひらでたたいてみたら、太鼓みたいな音がしたので中は空洞である。以下現地ガイドからの聞き取り+佐藤さん通訳の概要()内は中谷による考察。
・昔は各家の前にこれがあった。
・人が死ぬと死後硬直を起こす前にとっさに体を屈曲させて、屋根蓋を開け、人を入れる。
・中で腐って、次に人がはいる時はほとんど何もなくなっている。
・屋根蓋とボディの隙間から臭いがするので、18世紀に禁止された。
・禁止以降、墓地に集約されたが、どこの家族の棺であるかはわかっている。
・屋根蓋切妻の平側には強い象徴、男性や動物が彫刻される。
(オランダ人の格好の像もあった。ガイドはオランダ人の墓だと言うが、当時の強者の象徴化であろう)

・同妻側には、棟下から長芋のような形がぶら下がっていて、その「長芋」に刻まれた線で、人が何人はいったかがわかる(つまり、人を入れると刻む)。同妻側には、女性器を持った人物が彫刻され、時たまその女性器から赤ん坊の頭部が見えている場合がある。(この2つをあわせると、この棺が家族の子宮的な期間であることが推測される。)
 
・石は川を挟んで村の反対側にあるところから切り出していたが、最近はこの風習はなくなったので、石切り場の訪問は困難(堆積岩と思われる)
以上報告終り。この石の棺がそれぞれの家の前にあったら完全なセットだという感じがした。

これから車で10時間かけてスラウエシ中心の方のゴロンタロに向かう。2時間遅れるというのでこの記事をアップすることができた。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , , , , パーマリンク

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