石の重さ マルタの巨石遺跡を考える。Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, from Greek to Gibraltar


2013年6月10日早朝アテネからローマ経由でマルタに飛行機入り。マルタ共和国は小さな島だが、地中海の地理的真ん中に位置している。ヨーロッパにおける最も古い巨石文明発祥の地とされており(トルコにはこのブログで紹介した紀元前10000年前成立のギョベリク・テペがある)、藤森照信さんにも原始的啓示を与えた重要遺跡のあるところである。普段であればロードス島から避難してきた十字軍騎士団のつくりあげた中世以降の城郭周辺を見るべきなのであるが、今回は巨石文明について絞り紹介する。

私には日頃から石に対するめんどくさい感がある。これは古くは建築家の堀口捨己らが、ギリシャを訪問した際にゴロゴロころがっている石の柱頭群を見てこの石造文化にははじめからかなわないと言ったというトラウマが、私にも伝染しているからである。堀口は柱頭を見て何にかなわないと思ったのか。もちろんそれは彫りの奥行きと考えることもできるが、素材が木であればどうだったのだろう。むしろ石を刻むことの難儀さの方が、彼に現前していたのではないだろうか。
今回の旅の一つの目的はそのトラウマを治療すること。ようは本当に石造にはかなわないのか?本当に膨大なエネルギーが石造建設に必要だったのかを、実地に確認したかったからである。

まず宿泊先の民宿(B&B)がすばらしかった(同行の酒井氏の目利きによる。彼はマルタ訪問二回目である)。

築400年で最近オーナーが改修したばかり。増築を重ねた私好みの宿である。早速マルタの石造について確認してみると、マルタで産出するのは良質のライムストーン(石灰岩のこと)である。さらにたずねる。「ライムストーンとレンガどっちが軽い?」「うーん、ライムストーンだ。加工もしやすい。」
あ、そうだったのか、いうことで、4つの巨石遺跡を見て回った。今回のテーマは「石の重さ」の確認であるが、それぞれ概説しておく。

1.Tarxien Temples
私の泊まった民宿も位置していたTarxienという東側の村のなかにある。サッカーグラウンドの隣にあり、地中に埋もれていたので普段は全く目立たない。マルタの巨石遺跡は基本的に楕円平面が平行してならびそれぞれが開口で連結されていくものである。これを一房とすると、この街中の寺院は大きくは三つの房によって成立している。
IMG_3880
ロケーションもそれほどの立地ではなく、興味はこの三つの房建築の編年順序に集中した。いろいろ検討したが、結論だけ言うと、一番左と右の房が同時代で、真ん中の角度の違う房が後から挿入されたのだと思う。建築を立ち上げる時などは部材の建設順序に手順がある。この建材がないと次の建材が立てられないなあとか、いろいろ考えて私の場合はそう考えた。とても柔らかくて暖かい感じの石である。風雨による風化もある。まずはあたまの体操として見学した。

2.Hagar Qim Temples, Mnajdra Temples
レンタカーを借りて次に行ったのが、島の南側に位置するこの二つの大きな遺跡である。藤森さんもこの房の建築平面の機能を中心に論じている。
個人的に最も面白かったのは、さらに海の方へ下ったMnajdra Templesである。
IMG_3884
同建造物は二つの房がそれぞれ春分、秋分の軸線に重なる軸線を持つということで有名なのだが、確かにその軸線が重なるところに立ってみると足下に丸い石の痕跡があったので、そこらへんも考えているのだろうと思う。しかしそれよりも面白かったのは巨石の積み方である。もっと根源的なものだ。これについては石の重さと関係するので後述する。

3.最も意味不明とされるCart Ruts
その他マルタ島には、不思議な古代以前の人々による不思議な活動が残されている。その一つがカート・ラッツというもので、ほとんど島全体が良質な石灰岩によって構成されているマルタ島の石灰の岩盤平面を、理由がわからないが、深くスクラッチしているのである。石を運んだ痕跡であるなどいろいろ言われているがその意図は謎である。複数の箇所で確認されている。

4.石の重さ
さて結論から言うと、軽い。ややかかえ気味の石でも持てる(実験中の酒井氏・早稲田大学中川武研究室助手)。

これであれば、数十人いれば充分巨石も安全に立てられそうである。
その石の立て方もなかなか巧妙に作られている。たとえば各神殿の入り口にはその横に正方形の石板があるのだが、おそらくこれは石を立てる際のガイドとして機能していると思われる。

一個石が立てられれば、後はそれを依り代に続けて石を立てることができると思う。
しかし話はそれだけでは終らない。石積みのオリジナルな部分を見ると、きわめて自由闊達なのである。ユーモアすら感じさせる。巨石と巨石とをいろいろな角度で組み合わせて、三点の均整ぐらいで固定している。

Mnajdra Templesを私が最も気に入ったのは、その石積みの自由闊達さであり(オリジナルであることを願う)、全体像のみならず、カメラで部分をトリミングしてみても、まるでコンテンポラリーな彫刻を見ているかのような気持ちさえする。


ヘンリー・ムーアがストーンヘンジに大きく刺激されたと言われているが、イサム・ノグチにエナジー・ボイドを思いつかせたのも、ここマルタのこの奔放な石積みの持つエナジーにほかならないだろう。

Mnajdra Templesからの帰りしなの道をよく見てみると、おそらくその石積みに影響されたのであろう、見学者たちのいろいろな石積みのミニチュアを見ることができた。自分も積んでみたくなってしまったのである。体験者にエナジーを与えているのは本当なのである。

さて、こういうことからすると、その理由がわからないとされるカートラッツは、むしろ機能的な理由を探そうとすることに問題があるのではないかと気がついた。もし奔放なエナジーを持つ”はじまりの人間”がいて一面に続く平坦なライムストーンの大地があったら。何をしたくなるか。
おーとか叫んで駆け出して、いきなりその大きな平板に傷を付け始めるのではなかろうか。それは力の入った落書きであり、それ自体が目的なのである。芸術の発生である。

ここにおいて、若き堀口捨己は石を見ただけで、さわらなかったのではないか、持ち上げなかったのではないかと思うに至った。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , , , , , パーマリンク

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