ジブラルタルへ向けて、日本に一時帰国(1/2) Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, to Gibraltar


痛風に遭遇して旅程を中断、カッパドキアで1週間滞在して日本に帰ってきた。国内での3つの大事な要件をこなすためである。
まずは瀝青会の一人として日本建築学会著作賞日本生活学会の今和次郎賞の授賞式に出席すること。そして、現在維持保存活用を目指して大学内の分野の異なる4研究室(構造、都市計画、防災、歴史工学)が合同で取り組んでいる本庄市の元繭倉庫についてのシンポジウムにて市民の方々に昨年度の歴史工学的発見を発表するためである。
6月2日にはアテネに赴く短い一週間に日本滞在ではあるが、二つのブログを書く。一つは今後のためのトルコ調査旅行のノート(1/2)である。後半(2/2)では、ギリシャからジブラルタル海峡へとむかう旅程の紹介である。

ではトルコ調査旅行の結果である。
turkey route
すでに過去に上記旅程を発表していたが、痛風のため地中海まで到達するのを断念。実行できたのは、トルコの東からシリア国境沿いへむかい、途中ほぼトルコの中央に位置するカッパドキアまでであった。それでも主目的は達成できたと思っている。

トルコはユーラシアプレートの一部のように略されている場合もあるが、厳密にはアナトリアプレートというそれ自体が一つのプレートを構成している。それが、アラビアプレート、ユーラシアプレート、エーゲ海プレートと接しているのであった。
このうち私は、イランまでの行程とギリシャへのつながりを重視して、アラビアプレートとの境界からアフリカプレートとユーラシアプレートの際へと接続する行程を南下コースを選んだのであった。
結果としてイスタンブール到着後、すぐトルコの東の中核都市エルズルムに飛んだ。エルズルムはアナトリア山脈とタウルス山脈が交わる部分だからである。そこからバス移動の発達したトルコでシリアンボーダーを南西にむかって降下。ディヤルバクル、マルディン、紀元前10000年の人類最古の遺跡と噂されるギョベクリテペのあるウルファとむかった。この行程が〈際〉旅行のメインであった。
その後、やはりどうしてもおさえておきたいカッパドキアに辿り着いて、痛む足のために宿のベッドに倒れ込んだのであった。イスタンブールは正直その情報量に圧倒されて、いまだきちんと見た感じがしていない。今はまとめられるのは以下の都市・集落である。なお各場所の冒頭に用いた地質図はLaboratoire de Géologie de l’Ecole normale supérieureが発売している地図を直接購入した。これは使える。

1エルズルムErzurum 火山に囲まれた高地の盆地
2013-05-28 23.53.40
13日にエルズルムへ着いた。気候の急変にやられ風邪を引き、2日間かけてゆっくりエルズルムを見学した。

エルズルムは休火山の間の盆地である。
山間のひらかれた場所で、交通の要所として歴史的に幾多の攻防の舞台となったのもうなずける。盆地内のやや傾斜をもった場所に形成された古い街である。たまに現れる玄武岩質の岩と、堆積した水はけの良さそうな洪積層で形成されている。
当然水量は豊富で、湧き水が街の至る所に公共水道として開かれている。ローマ時代が現在の都市の原形をなしているので(十字直交路+城塞)、まずは5世紀ごろ完成されたと言う城塞に行って、その物見塔から街のロケーションを確認する。その後15世紀以降のオスマン時代に建立されたという城塞内のモスク見学。うーんもっと古そうだな。どちらかというと集中式キリスト教会がもとになっているのではないかしら。土地の石からよい玄武岩を選んで建造された素朴で渋い建築だった。
一人旅の時は、タクシーをチャーターする。英語話せる人がほとんどいなかったが、水は何処から出てるとか、古い小さいむらに連れて行ってくれとかそう言う依頼はできるので、基本しか勉強しない今回の旅には好都合である。彼が連れて行ってくれたのは、エルズルムから北東側に30kmぐらい行った小さい村であった。何処からともなく湧き水が流れ、作物は豊富。建物はやはり玄武岩質の組積。ただし1980年代に大きな地震があったのでだいぶ崩れていた。その部分はそのままに新しく建物がコンクリートや木造で付加されている感じである。
体が疲れると、チャイハネという喫茶店に行く。昼間から暇な男どものたまり場で、最初あっちもビックリするのだが、挨拶すると、まあ座れと言われて、わからないまま冗談を言い合い、お茶をおごってもらう。というか、絶対払わさせてくれない。この街では一回もお茶代を払うことはなかった(イスタンブールは別)。

次の日、オトガル(トルコの長距離バス停留所)にいき、次の目的地ディヤルバクルへむかう。この行程でアナトリア山脈、タウルス山脈を越える。

様々な時代層が現れた褶曲系山脈であるが、風化も進んでおり、豊富な植生が生まれていた。最後の写真がなんとなくタウルス山脈の村あいの構成をよくあらわしていた。

2ディヤルバクルDiyabakir 玄武岩の都市要塞
2013-05-28 23.54.13
15日、エルズルムから南下してタウルス山脈を越えて、午後10時ごろディヤルバクルへ到着。クルド人の多い都。麻薬の栽培地でもあり(実際野生のポピーがたくさん!)、ジャンキーがいるから夜は出歩かないようにと、英語がしゃべれたエンジニアのクルド人に注意される。バスで出会ってホテルまで僕を案内してくれた。お願いしたのである。ややビビりながら寝る。
16日9時30分、吉良森子コネクションで紹介してもらった、イスタンブール在住の若い建築家Yelta Komがホテルにきた。これから3日間だけだが、一緒に旅をするのであった。英語でもとにかく話せると言うのは重要なことで、ほっとする。

ディヤルバクルはクルド人の都である。Yeltaもほとんど言葉が通じないと言う。この街の骨格ができたのはやはりローマ時代(つくづく偉大である)で、だからエルズルムと形が似ている。この街の最も出色なところは街全体をめぐるきわめて堅固な擁壁である。トルコは全体になだらかな地形が多く、自然の要塞と言うものがほとんどないので、擁壁は都市の自立基本単位であったのだろう。地元の人は万里の長城と比較するぐらいなのだが、いやそのくらいの迫力は確かにある。幾時代にも渡って補強された分厚いもので、そのアーチの使用方法も巧みでその手の人には必見である。擁壁上は上れるようになっており、都市周囲を擁壁上から歩くことができる。
さて街に降りてきて、元バシリカ教会を転用したウル・ジャーミーを訪れる。これも古い。そのあとキャラバンサライがバザール化したような場所などおとずれた。ローマから受け継がれたイスラム都市を訪問してつくづく思うのは公共空間の豊かさである。バザールもそうだが、モスクは本当に寛容な場所で、静かに体を休めるには絶好の空間である。また必ず清潔な公衆トイレが男女ともに併設されているので、インドのように困ることはない。このジャーミーの中庭つきの公衆トイレの豊かさをみよ。

さてYeltaが次の街マルディンに行こうと言う。ぎゅうぎゅう詰めの乗り合いバスに乗り込んで、体の疲れから小一時間爆睡。ふと起きたときに眼前に迫ってきたのは、丘全体が石灰岩の堆積層というこれまでは明らかに違う地質である。ペルセポリスで石灰岩、大理石系の地質が建築の誕生に力を貸した偉大さを感じていたので、心の中でおおいにさけぶ。マルディンもしかしたらすごいところ?


案の定すさまじい丘上の石灰都市である。ああ、天国に近づいたと思った。

3マルディンMardin シリア国境に最も近い丘上都市
↓マルディン周辺の地質図。黄色のトラックの右下にのびている先端が後からとりあげるDaraと言う場所。
mardin, dara

16日Yeltaと乗り合いバスに乗って、およそ3時間でマルディンに到着。その都市のでき方に眼を奪われる。
だから、君をここに連れてきたかったんだよと言うYeltaの気持ちに感謝である。久しぶりに高級ホテルに泊まり、疲れをいやす。南にチグリス川とシリア国境をみる風景は絶景そのもの。さてYeltaがマルディンを紹介したのは、私的思いもあるらしかった。それはなぜかこの辺境の地に新しく作られたMardin artuklu universityの建築学科に、なぜかトルコで最も優秀な理論家たちが集結してしまったからで、トルコ国内ではやや事件だったらしい。彼は恩師と旧交をあたためにきたのであった。元牢獄をリノベーションした建築学校は、元牢獄らしき部分が教授の部屋にあてられていておもしろい。コリドールでは成果物展示が開かれていて、サイファイな遊牧民住居の廃墟のCADスケッチが個人的には面白かった。さて驚きは午後の恒例のタクシーチャーターから始まった。とにかく近傍の村に連れていってという依頼をして、相応の値段を払って行くのだった(トルコの物価は高いのである)。

そしてついた場所はDara、シリア国境にほとんど接するかのような場所である(今リンク探していて、ちょっと驚いたのだが、別の場所だといいなと思う。多分このリンクは間違った場所だと思う。でも風景は似ている。)。タクシーでおろされた場所でまず驚く。ほとんどピラネージの描いたローマのようであった。「元牢獄」という説明の遺構の上に現在の住居が展開している。相当古くからあった村らしいのだが、この村の骨格を決めたのはやはりローマ時代。それ以前、メソポタミアのころから続く前線都市であった。
トルコの水はおいしく、僕は生水でも問題なく過ごしていた。屋外のチャイハネで冷えたヨーグルト水を飲みながら、ドライバーに水の湧いている場所に連れて行ってと言うと、あいよ、と言う感じで連れていかれた。すると、何の勘違いか、大規模なローマ時代の貯水池跡であった。こんな遺構の上で子供たちがサッカーをかたわらで楽しんでいるのだからたまらない。ドライバーの体内時間の期限を過ぎていたらしく彼がイライラしているので、まあ仕方が無いと言うことで帰ることにしたが、その帰り道にとんでもないものを見た。「とまれ!」と叫んで、そこへ戻って走って行った。そこはネクロポリス、死者を葬る場所である。僕が最も驚いたのは、この土地の地質のほとんど一枚岩石灰岩層をくりぬいて地下都市ができていることであった。世界は深いなあと思った次第である。

さて、興奮しながらマルディンに戻ってきてから、気を取り直して街を散策。一番上の城塞を中心にして南面した丘に沿って建てられた街である。立ち入り禁止の城塞下を歩いていると親子に遭遇。彼らの後をついて行くこことにした。彼は実は水道の管理人らしく、毎日、水道の開閉の調節を行っているのだった。先のタクシードライバーによると、マルディンの水は昔は付近の山から引いていたのだが、枯れてしまったので今はシリア国境から引いてきていると言う。真偽のほどは定かではない。

マルディンの夜はふける。小さい街なので、見知った大学の教員たちと次々に出会い、その数は次第に膨らんで、おいしいトルコ料理やコーヒーやアイスクリームを食べた。快適そのもの。その教員たちのなかでジャンと言う大男がいた。ダルムシュタット大学出身の秀才らしいのだが、いつも40リットルぐらいのデイパックをしょっていた。同僚からピルグリムと言われていた。「何処に帰るのか?」彼に尋ねた。
「帰るのではない。前に進むのだ(Go forward)。もし家に行ってもそれは昨日の家ではないのだから」などという。面白いので、そのあとも彼とつきあって、最後にワインバーに行って、初めてトルコでお酒を飲んだ。「明日僕はここをでていくよ」「Go forwardだな」「そうだ」「お遍路さんって知っているか」「知っている」「外国人でも参加できるか」。iphoneで「外国人 お遍路さん」で検索。けっこう実例がある。「大丈夫だ。宿も対応してくれている。」「来年お遍路さんするからよろしく」と言われて、初めてトルコ式の抱き挨拶をして、別れた。

4ウルファUrfa ギョベクリテペのある丘上都市
2013-05-28 23.55.16
18日、Yeltaと分かれて、一路ギョベクリテペのあるウルファへバスで移動。起伏ある丘が連なる乾いた都市である。下車していったん予約していたホテルに荷物を置いて、紀元前10000年前後成立と言う信じられない分析結果が出てきているぶっちぎり古い人類の遺構ギョベクリテペに行く予定にしていた。オトガルのバス停でタクシーと交渉して、ディスカウントのためにギョベクリテペ経由でホテルに行くことになった。喉が渇く。血が濃くなる。この時点でペットボトル一本がぶ飲みしていれば、あとから痛風問題は起きなかったかもしれない。
さてギョベクリテペである。現地語で美しい丘と言う意味であるらしい。行けたのでどうぞご覧ください。

石質はやはり石灰岩系だと思う。私は映画『2001年宇宙の旅』のモノリス前のサルであった。発掘現場は月のモノリスの発掘現場に酷似していた。美しい丘の含意は深そうだった。南の方向の風景がさっと空いていて、遠くにつづく丘の連続がよく見えた。下がってみようとしたら、現地の管理人から未発掘場所に行くなと注意された。そのころ左足が痛風特有のうづきを始めたのであった。

5カッパドキア 火山性堆積層が浸蝕された谷間の集落
2013-05-28 23.57.04
すでに前々回、前回といきさつは書いたが、痛風発作のため以降の旅をキャンセル。民宿っぽい個人経営の宿であったことが幸いして、療養するにはここしかないとカッパドキアにてそれ以降ずっと過ごしてイスタンブール経由で帰った。

以下ノートの走り書きから。
↓ギョベクリテペの様子
note3

↓なんとなく集落・都市立地の分析
note2

↓行った所(行ってないところ)想像断面図
note1

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、早稲田大学建築史研究室所属、教授、日本荒れ地学会、日本生活学会、日本建築学会などなど。その正体はResercher of temporal architectural expression.
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