考察1・千年村的性格は通用するか? プレートテクトニクス際の旅イラン編- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in Iran-


この2日間、グーグルアースと格闘していた。今回は
○千年村的性格は通用するか?–地形・地質の性質と集落立地の傾向
と題して、前回までに三回にわたって紹介した集落の立地条件がどのような傾向にあるかを検討してみたい(とにかくグーグルアースすごいなと、思いました)。

まず基本資料
1. 下のマップが今回の調査旅行のトラックルートと訪れた都市、集落、遺跡など


赤いポイントが観光地でもある歴史的都市、黄色いポイントが今回特に訪れた集落、そして緑色の山マークが古代史を知る上で書かせない遺跡群である。最後に忘れてはならないのがピンクの連続線で、これがユーラシアプレートとアラビアンプレートの境界線である。ザグロス山脈を生み出したエンジンである。
2.次にイランで奥山さんに入手してもらっていた土地条件図と地質図

送信者
送信者 Iran geography map

いずれの図を見ても、プレート運動が大地に与えた影響のダイナミックさを感じる。海底から地上に這い上がってでてきてしまった各時代の地層のバラエティの凄まじさに驚かされる。地質図(右か下の図)の方の凡例は例の奥山さんに日本語に訳してもらったもの。ありがとうございました。

さて、先に挙げた「千年村」とは、私たち研究組織が普段行っている研究運動で、日本でおよそ1000年以上続いている集落追跡の研究をさす。その研究の過程でそれらの立地の多くが耕作に適した沖積層と、同時に土地の高低を生み、固い地盤を用意し、水を溜め、多様な環境を生み出す格段に古い地質・地層との際上に展開していることが判明した。これは耕作を基本とする文明であれば普遍的に通用するのではないか?というわけである。つまり、先に挙げた基本資料の1と2とをグーグルアース上で組み合わせると(調整に中谷研究室、ボーパールでお世話になった寺田佳央氏の協力を得た)、その傾向が客観的に把握できると言うわけである。
以下が今回作成したグーグルアース上で展開できるKMZファイルである。ダウンロードして自分でぐりぐりしてみてください。
irangeoKMZファイル

結果はどうであったか。訪問時にまとめたliving-buildinghoodと有意な関係があらわれた。いくつかをキャプチャにおいて示す。3Dについた色は地質図の色である。それぞれ説明しているが、地質図の凡例とともにご確認いただければ幸いである。

●Maymand, Kandovan
Maymand village

Kandovan village


キャプチャの土地が赤くなっているのは、その地質が火山岩系であることをさす。すでに紹介した通り、どちらも特殊な集落立地と構築法である。Maymandはより頑丈な岩盤層を屋根として、その下のより柔らかい層を横に掘ってできた横穴住居の集合体。Kandovanは特異な形状の岩を掘って住居としたもの。グーグルアースでの周辺環境と地質図との照らし合わせで、ここのbuildinghoodがいずれも火山由来の地表に流れ出た火成岩を基盤にしていることがわかる。
周辺には川が流れるが、いずれも耕地には向いていない。いずれも人口減、あるいは観光地化による集落の変化を被っている。

●Palangan


急峻な山間にはり付く感動的な集落だったが、訪問時も集落部分の質の良い大理石、石灰岩と集落境で急激に色が変わる別の地層の違いを先の記事で指摘した。グーグルアースで同じアングルから確認してみたが、調整の限界上、実際との多少のずれはあるものの、地質の違いがほぼスケッチでの推測どおりに確認できた。


青や緑の地質は、大きくは白亜紀年代のものである。パランガンの集落付近を構成している部分は、より古い白亜紀の地層、集落のない部分はより新しい同地層である。いずれも変成作用を受けていて、方位性があってもろいのはそのためだと思う。
周辺には川が流れ、山上の風化した土地で牧畜が広く行われている。

●Abroのサンゲッシア


完全石積みだったAbro付近では、サンゲッシアと呼ばれる黒い石が使われていた。付近にある主要都市のハマダンが、最も新しい新生代の堆積土に位置していたのに対して(地質図だと白)、Abro周辺は白亜紀の岩盤層と白亜紀から新生代の始まりにかけての変成岩が混在する場所であった。すぐ割れるがある程度の硬度のあるサンゲッシアを算出した理由である。

●各歴史的都市の立地条件とモスク発展の基本条件
これら遠隔の土地に位置する集落はいずれも都市にはなり得なかった。発展する要素としての
水源、
交易のための河、
耕作に適した堆積土(地質図で白)
がほとんどないからである。一方、充分に発展していた歴史的都市、テヘラン、イスファファン、タブリーズ、オルミーエ、シュスタール等はそれらすべてを持っていた。以下にオルミーエ、タブリーズの立地条件を示す。広大な堆積土と河が付近を流れているのが明瞭である。
オルミーエ

タブリーズ

彼らは石の代わりに、土地の堆積土を用いて、日干し煉瓦や焼成煉瓦を駆使して、偉大なモスクのドームを作ったのではないか。
規格化されていない切石でドームをかけるのは至難の業であり、アーチから始まるドーム構法は規格化が前提だった煉瓦材料と切っても切れない関係にある。しかしその堆積の土地は同時に地震には弱い土地なのだ。
地震多発国のイランにおいて、何回崩れようともその宗教心においてモスクを再建してきたその土地のbuildinghoodの偉大さに、僕は何回も心を打たれたのだった。建築に厳密な数学が発生するのはここからである。丸いくせに居住まいを正して正面から撮影してしまうのがモスクというものである。

オルミーエのマスジッド(13世紀創建、地震による改修の過程が見える)

タブリーズのブルーモスク(15世紀創建、1世紀前の地震以降再建中)

●結論)イランの集落に千年村的視点は通用したか、結論としては「可」であった。いずれも地質・地形と充分な関係が見られた。ただし、日本の千年村がもっぱら耕作を主体として成立したのに対して、イランの集落(おそらく「何千年」村もふくまれる)は、耕作を主体としていないという意味において、堆積土との関連が浅かった。それによって彼らの生業もまた土地と密接に結びついた、牧畜や果樹を植えることだったのである。

次回は古代遺跡におけるbuildinghoodをPersepolis(BC6世紀頃)とイランで最も古い巨大遺跡であるChoga Zambil(大きなバケツの意味、BC13世紀頃)を検討してみることにしたい。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized パーマリンク

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