「冬の風がすごくつらい。今日お前も経験したろう?」全集落の紹介3/3 プレートテクトニクス際の旅イラン編- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in Iran-


イランで訪れた集落のみ紹介の最終編。次回からはいろいろ考察します。今回の集落のセレクションは、主にテヘラン大学の奥山さんによるもの。とはいえ奥山さんもイラン国内の旅のブログなどを片っ端からみて興味を持った集落のうち、プレートテクトニクス際に展開しているものをセレクトしたのである。それらのブログはほとんどペルシア語で書かれていて僕にはさっぱりわからない。そういうわけでほとんどその選定基準は恣意的というか、偶然に近い。これらを後に検討しながら、集落立地条件の全体的な傾向をつかもうとしているのである。

Abro, Simin Abroo, Ariabard, Valkane, Hamadan
*類似条件の中のほとんど類似した複数の村
訪問日:2013年3月10日
訪問者:深見、佐藤、奥山、中谷
活動:実測、インタビューを行う。


テヘランの西300km、Hamadanという都市の近傍、ザグロス山脈中腹に展開する村々である。上のグーグルマップの初期画面内で左上がAbro, 左下がSimin Abro, 右上がValkane村と間違えて偶然訪れたAriabard、そして右下がValkane村である。なだらかな山脈が続く土地であった。面白いのは街道に発展したAriabard村(もうすでにほとんど廃墟であったが)以外の全ての集落が、共通した立地であったことである。東側斜面。果樹園、牧草地が村を取り囲んでいる。果樹園を外れて村の圏域からでると途端に荒涼とした未開発の土地が続く。訪れた日は小雪まじりの風が時折吹いていたので予想外に厳しい自然環境にも触れた。戦略会議の結果、集落の対応がよかったAbroを中心に聞き取り、実測調査を行い、他の村をその比較対象とすることにした。とはいえ、それぞれの村で歓待を受けた。
さてこれらの村は切石積みが基本なのだが、Abro村の外れにいきなり採石場があったのでそこにいた青年にインタビュー。

するとこの青年、石屋さんでもなく、この切石場の道の向こうでナンを焼いている人だった。「これはサンゲッシア(黒い石)と言って、掘ればどこからでもでてくるよ」とのことであった。というわけで、後に実測した家も当然自力建設であった。

これが実測した家。原発ではたらいていたけれどリタイアした主人の家族が住んでいた。

立派で気持ち良さそうな家です。なだらかに続く斜面に各住居が続くのだが、境界壁を共有していてこういう楽しいことになっている。

実測断面図だと以下のように共生している。

緩やかな斜面なので共有関係も穏やかである。下の写真はSimin Abro村で聞き取りをした家なのであるが、基礎工事をしているのではなくて、実は屋根工事をしているのである。木梁の上に細かい枝を敷き詰めて土盛りをして屋根を作っている。土を掘り返して屋根を修繕していた。

その下の空間がすばらしかった。

昔アドルフ・ロースが建築の起源は骨格ではなく肌を守る毛皮だと言ったことがあったが、納得してしまう毛深さと中の温かさであった。
またこの周辺の村は山の中腹より下に位置している。水道は上の湧水からなのだが、インドのように日射を得ようとするために上に行かない。なぜかと尋ねると「冬の風がすごくつらい。今日お前も経験したろう?」と言われた。なるほど、現地に行ってみないとわからないことはあるものだ。

livelihood(生存の環境): 平行するゆるやかな山脈がつらなる。いずれも東側斜面。abru村800年前ぐらいから。現在723世帯、3732人居住。Simin abru村より古いが不明。現在72世帯、323人居住(Abru村役場による)。農地は少なく果樹園(くるみ、あんず)栽培で農地はない。一部岩盤の露出する斜面に展開。湧水、井戸ともに豊富(歩きながらの聞き取り)。実測調査した家の世帯主の言(56才、男性)「15年間テヘランの原発でオーストラリア人と働いた。その後地元でドライバーをしたり車で町に物を売りに行く商売をしたりしたが、目が悪くなり4年前にやめた。その後無職。但し父が買った5、6のバーグ(果樹園)を所有する。面積は1000㎡、2000㎡とそれ以上。全てお互いに離れた場所にある。」(奥山聞き取り)
buildinghood(構築の環境):切り石積み。石は付近から産出。どこにでもある。サンゲッシア(黒い石)という。低い方が住みやすい。冬場の強風を避けるため。(以上複数の聞き取りにもとづく)各戸が山の斜面にあわせて階段状に連結する集住様式であるが、独立性は保たれている。また相続の際に分割して境壁を新設した家が見られた。
その他:山間部での低地居住の理由に、冬場の風が挙げられていたことが新知見。

Palangan, Kurdistan
*刮目する急傾斜に展開する組石造の村
訪問日:2013年3月12日
訪問者:佐藤、奥山、中谷
活動:インタビューを行う。

本当に書くことはいっぱいあるのだ。この集落は僕が今回の集落巡りで最も心を打たれた集落であった。イラクまで眼と鼻の先、急峻な山壁の川を挟んで東西にゴロゴロと集落が張り付いている。驚嘆する奥山さんの姿付きの集落の姿である。

屋根でサッカーに興じる小学生と小学校の校庭(屋根である)、それぞれの屋根にでて思い思いの一日を過ごす人々、何とも魅力的(ぜひ元写真データベースをご確認ください-写真をクリックするとそこにつながります)。

岩に絡み付く家の姿、屋根は下の人の所有か、屋根を庭に使っている人の所有か複数の人に聴いてみたが、答えはまちまちだった。まあ、そういうものだ。

積まれた石を確認すると、石灰岩もしくは大理石ですこぶる良質。大地も同じだ。ではこの村のエッジはどこにあるのだろうと思って、一番上に上がってみた時の写真がこれである。

右の方で集落が急に消える。その理由はおそらく地質が変わったのである。色が明らかに違う。固いが壊れやすいタイプのものだ。僕の推測は以下である。

livelihood(生存の環境): 急峻な谷間。東側と西側両面に展開。水量豊富な川が流れ、住宅は中腹から下方に立地。斜面上部の湧水より水を引いている。日照は大事である(聞き取りによる)
buildinghood(構築の環境):地盤を自然の石をとっかかりにして、石灰岩、もしくは大理石の小片を積む。主に二階、三階。急峻な角度のせいか各戸の陸屋根が上の人が使用することになり、使用権については複数の解釈があった(屋根は上の人のもの。屋根は下の人のもの)。屋根がこわれた時は上下の人が一緒に修理する。両側とも石灰質の良質の石が用いられていたが、村の終わる境ではやや緑から黒い方位性のある固いがもろい岩石層に変わっていた。
その他:急激な傾斜の住まい方の典型例として重要。特に所有権、共有権の問題はさらに確認すべきであった。

●Zenozagh, 東Azarbaijan州。
訪問日:2013年3月16日
訪問者:佐藤、奥山、中谷
活動:実測、インタビュー、チャイハネで村の男性十数人と宗教論議を行う。

(これから紹介する村はイランの北部、トルコ国境や、カスピ海に近いところである。)
ここはチャイハネ(喫茶店)での話が面白かったところだった。構造はメイマンドの横穴住居を成立させた固い岩盤を上にして、これまでよく見てきたような傾斜住居がその下に展開するというようなポスト・メイマンドのような集落であった。

集落には岩がごろごろ。それを起点に家ができている。

宗教論議前のチャイハネに集うおじさんたち(すこし緊張している)。論議をへて仲良しになったことは言うまでもない。

livelihood(生存の環境): 30才、男性、無職(9年前に2年間兵役)。村の人口1800?2000人、約500世帯。この村には3つのMahalle(地区)がり、各地区一つのモスクがある。9年前にガスが来た。Bagh(果樹園)では、あんず、リンゴ、クルミ、スモモ、桃、サクランボが植えられる。また、ポプラの木もある。家畜の糞は、乾燥させ、Korsi(こたつ)の下で燃やすための燃料にする。Yonje(牧草)は、乾燥させ家畜のえさにする。昨年のTabriz近郊の地震のときは、揺れたのみで被害はなかった。
丘の上の貯水池からパイプで家に水が引かれている。貯水池にはもっと奥の山に井戸を掘ってその水が引かれている。しかし、貯水池は小さく、村全体に水が行きわたるよう、一日一時間のみ貯水池の水が利用可能である。湧き水もあり、自分たちで汲んでくる。以前8か所から水が湧いていたが、現在では3か所に減少した。(奥山聞き取り)若者はタブリーズやテヘランに出て行く。
buildinghood(構築の環境):石積。上部の石は硬すぎるので1時間歩いたところが石切り場になっていてそこから持ってくる。今立っている屋上は親戚の家の屋上。自分の家のHayat(庭)がこの屋上になっている。もし屋上が壊れたら、一緒に修理する。
その他:地質的にはMaymandと似たような印象を受けた。権利関係はpalanganと似ていた。陸屋根の共有は、住人の親族的謹慎性に保証されている可能性が高い。

Kandovan, 東Azarbaijan
訪問日:2013年3月18日
訪問者:佐藤、奥山、中谷
活動:雨天のため活動困難。

キャンドバンはミニ・カッパドキアとして有名であるが、飛ばされそうな風雨にさらされ、観光地化され、話もきけずいい思い出がなかった。しかしこのたぐいの岩くりぬき型住居が、白い火山岩系の空気層を多く含んだ、切削も容易な石であったことを確認して、一応満足して帰った。

livelihood(生存の環境): イランのカッパドキアとよばれる。観光地化がはげしい。
buildinghood(構築の環境):浸蝕された白質の火山岩層のため容易に横穴穴居を作ることが可能と判断。道路の通る谷側の観光地化がはげしく、上部にいくと通常の住まいがあるが、天候もありコミュニケーションが困難であった。石積み、煉瓦造部分もあり。

masuleh, Gilan
訪問日:2013年3月19日
訪問者:佐藤、奥山、中谷
活動:インタビューを行う。

世界遺産となったイランを代表する集落である。落ち着いた階段集落を歩いていると、まあ観光慣れしている人も多く、絶対買いたくない手作りのぬいぐるみを断って舌打ちされたりした。ややナーバスになっていると、一番上の方の家からこちらをにやにや見ている男性を発見した。少しこわもてだったが、勘がはたらいて、訪問してみたら日本語を話す。実は彼は20年前来阪して、建設現場ではたらいていたらしい。仕事のあとのチューハイ最高だそう。その後も世界各地の建設現場を訪問し、今では故郷のこの村に帰ってきて建具師を行っていると言う。

おじいちゃんの作った窓があそこにあるよという。

ここらへん(上の方)古いところだと言う。この村は、岩盤を直角に掘って家を造る。

雨が降るので陸屋根にややきつめに勾配がついている。山の流れに沿わない、そり上がり勾配なのでまるでジャンプ台みたいであった。

livelihood(生存の環境): 斜面の上の方に村が存在したという3500年前の記録が残っている。その後、1200年前に下の川の近くから上の方に向かって村が形成された。
この村には4つのマハッレ(地区)があり、各マハッレにはモスクがある。(証言は下記と同一人物)
buildinghood(構築の環境):建具職人、20年前大阪在住、48歳。自分の家は、10年前、土壁の古い建物を壊して建て替えたもの。家は大工の家系で、7世代にわたりMasuleで大工をしている。ここ何代かは指物・建具の仕事が多いが、それ以前は建築の仕事すなわち家の壁や屋根を作ることをしていた。
家を建てるには、まず岩盤をkalang(つるはし)で掘削する。固くてどうしても掘削できない岩があるときは、その周りに泥を打って全体として平らにする。一階の床は張らずに土間とする。壁には石と泥を用い、高さ1mごとに木を入れる。(この木材はshenajと呼ばれる)。Shenajは建物一周にわたって壁厚分入れる。専門家はこの木材には地震に対し家を強くする役目があると言っている。また、この場所の黒っぽい岩(岩盤を掘削するときに出る石)はもろいので壁の材料としては使えない。壁に使う白っぽい色の石は山の上の方から運んでくる。
家の一階にはDaranと呼ばれる物置あるいは家畜(ニワトリ、牛、羊)小屋とSumeと呼ばれる冬の寝室がある。夏はsumeの壁内に野菜を保管する。二階には客間がある。
敬虔なイスラム教徒の家の入口はアーチとなっている。
屋根に勾配がついているのは降雨が多いからで、屋根の南側が高いのは太陽光を部屋に取り入れるため。
1991年大きな地震があった。地震の揺れによる建物被害はあまりなかったが、落石により家が壊れ10人程亡くなった。
その他:世界遺産認定

以上 もう二度と行けないかもしれないと思って、早めにまとめておいた。ありがとう。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized パーマリンク

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