集落紹介その1. Abyaneh village プレートテクトニクス際の旅イラン編- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in Iran-


イランでは、山も見たし、疾走もしたし、バザールもいったし、ペルセポリスに代表される古代巨大建築に遭遇し、美しいモスクに驚きもした。ここでは集落調査の結果に限って紹介するが、古代建築もバザールもモスクも集落もきわめて具体的につながっている。しかしそれらを詳述することは当方の能力をはるかに超えるので、書きながらレファレンスとしてたまにペルセポリスで見たことなども登場させようかと思う。

今回は集落紹介の試みに一番最初、イラン到着当日に訪れたAbyaneh村をとりあげる。次回以降を含めておよそ10の集落の様子を基礎分析編として紹介する。
当方の興味は、大地との関わりなので、なぜここに住むのかとか、なぜこの材料を使うのか、人びとはどうやって糧を得ているのかといったきわめて素朴な疑問点の解消にしぼっている。しぼらないとプレートテクトニクス際のすべてを回っていたらまとまらなくなってしまう予感があるからだ。
古代建築やモスクといったイスラムの王道はすでに深見奈緒子先生が著しているし、建築人類学の視点は同行した佐藤浩司先生がいつかどこかで書いてくれるだろう。なお現地の方の聞き取りにはテヘラン大学で建築保存を学ぶ修士一年生の奥山さんが主に担当した。彼なくしては村人たちからの話は全然聞き出せなかった。

Abyaneh, Isfahan州
訪問日:2013年2月26日
参加者:深見、佐藤、奥山、中谷


上に掲載した画像では、その集落の周囲の様子が分かるグーグルマップに少数のサンプル写真を入れている。サンプル写真はいわばタグのようなもので、多数の写真を保持している元データに連結しているので、その他の周囲の写真もリンクをたどってみることができる。駄写真ではあるが、ぜひこの集落の光景を確認していただけたら、イランまで行った甲斐があるというもの。またマップもグーグルアースも使えるので、ズームしたりパンしたり、まわしたりして周囲を確認してみていただけると、人はどこに住むかという問題について興味深い検討ができるのではと思います。

さてAbyaneh村、美しい谷間の村で、道の下にはスズカケの木で区画された広い畑が広がっていて、裕福な集落なのだろうと思わせる。
と、途端に風景が急変した。村の色が変わったのだった。赤一色になったのである。その理由はこうしてグーグルマップを見るとよくわかる。この集落はその背後にある山を建築材料として使用しているのだが、その山だけがこの地域の中で赤かったのである。つまり物質の移動によって、空間と建造物、つまり人間の住む場所がうまれたことの絵に描いたような好例なのだった。

山も赤くて、岩も赤くて、それを元にした煉瓦も赤いのである。

そしてどうやらこの赤い土はもろい岩石層だったらしく、風化が激しく、そのままの石では多量に使えずに煉瓦にしてみたり、壁土としてぬってみたりという用法が適していたのだとおもう。他の場所の大地より人間が扱いやすい素材だったのかもしれない(先のグーグルマップで見える赤い山の背後には色の違う固そうな岩盤層も見えている)。

やはり建物になっても同じ材質の過程的変化によってすべて構成されていることが分かる。

一つ廃墟があったので上がってみた。

木材も豊富なので梁にポプラ(先に言ったスズカケのことである)材が使われている。そのせいなのか、木材の使用も巧みで、上階が大きな開口になった家があった。彼らはここから何を見るのだろう。いや本当に千変万化する自然の色が見れるに違いないのだった。

細部もなかなかキュートな趣向を凝らした集落なのだが、深見先生が教えてくれたイスラム的な男女別のドアノッカーは興味深かった。

左が男用でたたくと太い音がでる。右が女性用でたたくとやや澄んだ軽い音である。でよく見ると、どうもこのノッカーの形は巧みに性差を模しているようであった。ウームとうなずきながら、聞き取ったことをまとめるとだいたい以下の通りである。
インド・ネパールのときに考えたlivelihood(生存の環境)とその一環としてのbuildinghood(構築の環境、ようはテクトニックカルチャーといってもよいのだが)というくくりで行ってみた。

livelihood(生存の環境):
南側斜面、中腹に位置、谷を流れる川を挟んで主に農業、牧畜。飲用水は後背の山の湧水から共有水道に配給。水量豊富で下水は川に直接放流。イラン文化庁が維持協力。
buildinghood(構築の環境):
煉瓦造、土台回り切り石。主に二階。地域から算出される赤色土にスサを混ぜ表層を仕上げる。スラブ屋根は木梁架け渡し。木製大型バルコニーが付属。各戸境壁を共有して連結、路地が地形コンタに合わせて生成。
その他:玄関まわりに両側ポーチなど趣向を凝らした細部がたたずんでいても楽しい集落であった。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , パーマリンク

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