ザグロス山脈を疾走する・プレートテクトニクス際の旅2 イラン編- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in Iran-


2月25日に日本を出発し、3月23日、イランより帰国した。車をチャーターして8000kmを疾走する旅だった。ユーラシアプレートとアラビアプレートが衝突する場所に留意しながら、旅程を決めてくれたのは指揮官の深見奈緒子さん(イスラム建築研究・早稲田大学教授)、次に現地通訳としてテヘラン大学で建築修復を学んでいる修士一年生の奥山くん、そして主にインドネシアを研究対象としてきた建築人類学者の佐藤浩司さん(みんぱく)が急遽参加、そしてもちろん私と現地ドライバーである。深見さんが一足先に日本に帰国せざるを得ず、後半は他のメンバーによる旅となった。またイランからはほとんどのアメリカ生まれのSNSがブロックされ、読みも書き込みもできなかった。アメリカ生まれのフリーブログも操作できず、ようやく帰ってからイランで見聞きしたことをまとめはじめている。

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山のでき方にはいろいろある。そのなかでプレートの衝突によって元海底にあった太古の地質が1000m単位のオーダーで露出した褶曲山脈ほどダイナミックなものはない。
ザグロス山脈、イランの西部を南北に貫き、トルコにつながる世界的な大山脈である。
到着した初日以来、車窓から見える山ばかり撮影していた。うっかり眠っているとき以外はずっとシャッターを押した。そういえばノアの方舟が辿り着いたというアララト山はその最高峰である。国境は「国境」に過ぎないことを痛感していた。
もし地球が真っ平らだったら何も生まれなかったろう。高度による気温の差は生まれず、雲も流れず、非情な星すら見えたかどうか分からない。水は流れず、麦は育たなかったろう。
人間が決して対抗することのできないプレートの巨大な移動エネルギーが、この世界に差異を与えた。水は流れ、人間が誕生し、文明が発生した。その圧倒的な差異としてのザグロス山脈。その姿にほれぼれした。
イランの旅はこれから何回かに分けて、テーマを決めて日本で振り返ってみたい。何はともあれ、刻々と変わるその巨大な地球の襞の姿を選んで紹介してみた。建築や居住文化はこの襞から生まれた。イランはその関係が現在でも根強く生きづく大地だった。

セレクトした90枚の地形によるイラン疾走の軌跡はこちら

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , , , パーマリンク

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