カトマンズ盆地 尾根の交易路と裏通り Kathmandu Basin, Trade road on ridge and back street, – Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in Nepal-


さて、カトマンズ盆地巡りは前の記事にも書いた通り
1日目(1月29日)カイとカトマンズ(Kathumandu)探索(リンク先に可能な限りの写真とジオタグを詰め込んだ。以下同様)

2日目(同30日)バクタプル(Bhaktapur)、パナウティ(Panauti)訪問

3日目(同31日)ナガルコット(Nagarkot)からチャング・ナラヤン(Changu Narayan)寺院までトレッキング

4日目(2月1日)カイおすすめのブングマティ(Bungmati)、キリティプル村(Kirtiple)訪問

の旅程で進めた。インドの時は考え方の基本に触れる時だったのだが、見方がだいぶこなれてきたので、ここでは比較すべきトピックをしぼって報告したい。

1. 煉瓦の大地
前回、巨大煉瓦製造工場に遭遇したことを報告したように、カトマンズ盆地は煉瓦製造に適した粘土質の土で構成されている。これが棚田から煉瓦製造場への転換を容易にしている。逆に露出する岩盤はきわめて少ない。
また昔からの建物も、煉瓦積と木組を組み合わせたものが主であり、この土地のBuildinghoodの性格を決定づけているといえる。
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一日目、盆地西方の二つの川の合流点Panautiに向かう途中で好適な物件を見つけたので実測した。助手はタクシードライバー。
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写真 1
カイも説明してくれていたのだが、ネパールの伝統住居は梁行き二間、つまり平入の切り妻屋根の中心に柱が入り、そこから一間づつ梁が飛んで外側の柱あるいは煉瓦壁に差し渡される。逆に桁行きの大きさは切り妻の規模に影響しないので自由度は高そうである。
つまり奥行が二間しかなくて、間口は自由。ナガルコット(Nagarkot)からチャング・ナラヤン(Changu Narayan)寺院までトレッキングした時にみた、伝統住居はほとんどこの形を逸脱することがない。たとえばこの家は人々のLivelihoodとBuildinghoodとをつなぐ特徴的な景色を良く出している。日本人にとってもなじみ深げな、いい風景である。
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さて、これが都市住居のような高密度の地域だと、縦横に張り巡らされる路地に合わせて、直角やUの字に折り曲げて増殖、連結する。その結果中庭のある都市住居が展開するというわけである。丁度僕が泊まった伝統住居を改修したパタンの宿NewaChenがそういう形をしていた。これで煉瓦・木造の伝統住居が都市住居にも応用されるBuildinghoodの展開がおおよそわかる。もちろんコンクリート柱を基準にしたスプロール新市街ではこのかぎりではない。
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写真 3
1階開口(人間用)がインドのヒマラヤ地域でも共通な1700m程度だった。
写真 2

2. 街の構造
これら建物の特性を基本にして市街の構造をみてみる。いろいろな街をみてみたがもっとも特徴を見やすかったのは三国時代の古都の一つバクタプル(Bhaktapur)である。


カトマンズとも似ているのだが、市街化の条件は経済関係が活発になる交易路が宗教施設や王宮が置かれている都市の中心を通過することである。バクタプルでは上記地図中のNagarkot Rd.というのがその交易路にあたる。重要施設もこの周囲に必ずある。歩くと、もっとも重要な道なのに曲がりくねっていると感じるのは、それが昔ながらの尾根伝いの街道をもとにできているからである。グーグルマップをぐりぐりするとよくわかると思う。
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3. 裏道
しかしパクタプルでもっとも面白かったのは、もっとも経済効果の高い(外人観光客もたくさん)Nagarkot Rd.から平行にできあがった周囲の路地である。Nagarkot Rd.が尾根伝いの道だから、それら路地は尾根に比べて両側ともだんだん低くなる。それとともにおそらく階級も変わっているようで、下れば下るほどその路地は僕のようなよそ者にとってはいづらい、しかし魅力的な街の構成が見えてくる。糸縒りをする老婆がいたり驚きだ。
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家が土地の高低を正確にトレースしているのが分かる。
僕が勇気を出して、中腹ぐらいの裏路地に突入して、建物の中庭の連結を通って迷路に陥る動画を冒頭にあげておいた。いまでも心臓の鼓動が聴こえそうである。
この裏路地について話を進める。たとえば、煙突の発達しなかったネパールの都市住居では台所は実は一番上にあるという。裏道を歩いていると、いきなり住居の一番上の階からゴミが落ちてくるのである(もちろんツバも)。
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あ、これかと思った。それをよけながら歩くことになるわけだが、その時二つの経験がそれとつながったのであった。ひとつめはネパール訪問当日、交通渋滞の横を必死で掃く女性たちがいたことである。ゴミはとめどなく溢れてくるので、その行為は無意味に見えた。二つめはカイとカトマンズを歩いた時である。実はカトマンズの横を流れる川はちょっとここでは見せるのがはばかられるほどのゴミ溜まりになっていた。カイに聞いたら、都市のゴミが低いカーストの人々によって運ばれ、川に投げ込まれるのだという。あの必死に道を掃く女性たちはそれしか仕事が与えられていないのかもしれない(ヒアリングしていないので本当のところは不明である)。確かにネパールの市街周辺の川の汚れ方はひどかった。
この経験とゴミが上から落ちてくるバクタプルの裏路地は、実はつながっていた。上から落ちてきたゴミは誰かが拾うのだ。つまりこの地の階級生活とそれなくしてはあり得ない建物の構造がからみあってできているのだ。バクタプルの横を流れる川にまで行ってみることをしなかったので、最終的な証明はできないのだが。
まるで道路がゴミや糞尿で沸き返っていたと言うヨーロッパの中世の街の雰囲気すらそこに感じたのであった。

4. Patiと井戸と祠
しかしそのような中でも、バクタプルはきわめて周到に計画された都市であったと思う。それは尾根から下まで、多くの四つ辻には、人々に水を供給する井戸と交流を用意するPatiという縁台だけの建物(たまに二階が旅人の宿泊にも使われたと言う)とヒンズーの小さな祠の三種で必ず構成されており、そこに必ず人がたむろしているのであった。
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至る所にこの三種の神器があった。その供給計画はきわめて精緻である。つまりこの神器だけは階級が固定されたカーストの中で生きる人々すべてに平等にあてがわれている気がしたのであった。(ネパール編終わり)

*おまけ
下はナガルコットからチャング・ナラヤンまでトレッキングした時にみたなにやら不思議な信仰場所。こういう写真は最初にあげたピカサアルバムに千枚以上入っています。
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チャング・ナラヤンとドンピシャでつながっている穴なんですが、何かはわかりません。
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二つの川が合流するパナウティ周辺
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2月25日から次の場所イランに、深見奈緒子先生(早稲田大学、イスラム都市・建築)、佐藤浩司先生(みんぱく、建築人類学、インドネシア)、現地学生の奥山(テヘラン大学)さんと言う強力メンバーで旅をする。気をつけて行ってきます。また報告したいと思います。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、早稲田大学建築史研究室所属、教授、日本荒れ地学会、日本生活学会、日本建築学会などなど。その正体はResercher of temporal architectural expression.
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized タグ: , , , , , , , パーマリンク

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