山全体の断面図を書いてみたくなった。ダージリンにて- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in India-


山全体の断面図を書いてみたくなったのは初めてであった。

2013年1月12から16日まで、ウエストベンガル州のダージリンを訪問した。ダージリンは以前シッキム王国の土地であったが、19世紀以降大英帝国の統治下におかれ、避暑地と紅茶栽培で栄えた土地である。お茶も欲しくないわけではなかったが、ここはインドの三大地震多発地帯の一つなのである。下のインド地震多発地帯のうち右側のバングラディシュとブータンとネパールに挟まれてちぎれそうな部分にダージリン、そしてシッキムがある。ちなみに下の地図で、今回訪問する場所を決めているのであった。以前訪問したKutchはグジャラート州の一番赤いところである。

Indian_earthquake_zone_map

実は残念ながら今回シッキムに目と鼻の先まで辿り着いたのに行けなかったのだが、INTACHからもらったレポートも参考にダージリン周辺の山岳地帯の住まい方のノートを書いておきたい。ちょうど去年の9月にシッキムとブータンの境を震源としたマグニチュード6.9の地震があり、多数の地滑りがあった。ダージリン周辺も6.0を記録した。下の写真はシッキムの雑誌からとった地滑り写真であるが、地滑りからうまく集落がよけている。彼らはどのように住む場所を決めているのだろう。

DSCF6915

これがグーグルマップのダージリン

さて、ダージリンは南北へと伝う尾根を中心に広がっている。上部に住まいがあり、山の中腹はお茶畑か段上耕地である。いろいろ周遊しているとダージリンの西面と東面とで住まいの密度がだいぶ違っているのに気づいた。西面の方が圧倒的に多い。下が西面の住まい方。

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一望できるところはないかと場所を探してようやく東面が見えるところを探した。

DSCF7617

例によって図解してみる。スケッチするのは思い出を残すのではなくて、描きながら住み方の類型を手で検討するためである。

IMG_3627

ダージリンの東面は西面に比べてのっぺりとしていて、下の方に固い黒色の岩盤面が斜面と平行に露出しているのが分かる(葉理が見えない)。一見して地滑りしやすそうである。それから住まい方には一定のルールがあって、1尾根に連なっている。2住まいのシリーズの最後は広場があるようにみえる。こんな感じ。

IMG_36281

住居密度の低い東面の住まい方。下に大きな一枚岩の表面が露出している。

DSCF7635

では西側はどうかというと、これはダージリン鉄道敷設のときに切り開いた道のおかげで、素人目だけど葉理側が見える岩があちこちに露出している。またダージリンの南北の一番上の尾根はずーっと岩盤が続いている。

DSCF7331

連綿と斜面に続く住まいの最後の設置部分はどのように成り立っているのだろうか。この解説やこの解説を参考にしてまた、推測してみた。ようは西側に多く岩盤の引っかかりがあるのに対して、東側の方はほとんどないので住みにくいというわけである。東側の方が住むのに気持ち良さそうなのでそう思う(実際西側は寒いのである)。

IMG_3628

で、シッキムに行けなかったのだが、ようやく辿り着いたカリンポン(カリンポンはダージリンより歴史が古く、地形に合わせた道がもちろん車用に造られておらず、そのため一方通行で子供じみた大渋滞が起きるのである。そのためなかなか脱することができなかったのである)周辺で、ふいと車を降りて、住居のシリーズが続く斜面を降りてみた。まずは道路際。

DSCF7779

中腹の棚畑(雨期は棚田になるのだろうか)。あちこちに岩が露出している。これを起点に棚を作っていそうである。

DSCF7789

そしてさらに下って行くと、派手やかな音楽が聞こえてきた。人も行き来している。

DSCF7780

やっぱり一番下は広場になっていて、おそらく共有地なのであろう、若いカップルの結婚式が行われていたのであった。

DSCF7793

そして山頂は神聖な場所である。最後の写真は行けなかったNamchi。カンチェンジュンガを背景に何か大きな像がありますね。INTACHのシッキムレポートによると、寺院(ゴンパ)は必ず山頂に作られて、それらをつなぐ尾根に歴史的な街道と集落ができているのだそうです。来週はネパールの西側のウッタラカンドに行ってきます。

DSCF7649

住み方の断面図とともに土地の断面図も描いてみたいと欲望するのであった。

クッチもダージリンも案内していただいて、おまけに下宿(デリーセンター)まで提供していただいているJAGAN SHAHさん(現地の子供を含めて左から3人目)。インド・デリーの急成長をコントロールする立場になりそうな次世代の人です。本当にありがとうございます。奥様の作ってくれる完全ベジタブル食も最高です。同じ味が一回もありません。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
カテゴリー: "On the Edge Tour 2013", Uncategorized パーマリンク

山全体の断面図を書いてみたくなった。ダージリンにて- Long Architectural Journey along edge of Plate Tectonics, in India- への1件のフィードバック

  1. rhenin より:

    現地の子供は凧揚げをしています。

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