At the Beginning of “Ford Calendar” 本が出るまで全文公開『家の本性』(仮)第二部第一章


(関連動画を三本ほど埋め込みました121027)…オルダス・ハクスレーによる近未来ユートピア小説『すばらしい新世界(Brave New World)』は1934年、フォード歴が始まる以前に書かれた予言の書である。ちなみに同小説によれば西暦からフォード歴への切替は西暦2004年に最終戦争が勃発して9年後の2012年であった。つまり私たちはいま、フォード歴元年にいるのである。…

家と家族を題材にした本を書いているのですが、その完成は、当方がプレートテクトニクス際上世界旅行後の来年になりそうです。ところが今2012年、私たちがハクスレーのいう「フォード暦元年」にいることは、文明史的にもきわめて重要であり、なんとかこの章のみを2012年に公にしたいと思っていました。著作になる前の一章分を当方の責任でネット上で全文公開します。公開は書籍が出来るまでの期間です。加筆変更もあるのでネットver.1とします。

一応予想される書籍の構成について説明しておきます。書籍は大きく二部に分かれます。東日本大震災以前に書かれた第一部と、それ以降に方向性を大きく旋回させた第二部です。

第一部 家の構成

イントロダクション 常の民家の際にて(『現代思想 柳田国男特集』所収, 201209)

第一章 化モノ論(『10+1』No.50, 2008)→tenplusone databaseにて公開中

第二章 イチジクの葉っぱ建築論,(『d/sign』No. 19, 2009

第三章 神の子の家(『d/sign』No. 18, 2010)

第二部 近代家族

第四章 近代家族への宿題 (今回掲載分)

第五章 大地を揺らすこと(執筆中)

第六章 構想中

エピローグ

感想などいただければ幸いです。どこかに書いていただければ探します。空想の科学者フリードリッヒ・エンゲルス論でもあるので若き日の姿を掲載。

家の本性第二部 第一章

近代家族への宿題

中谷礼仁

●はじめに

少し前、社会学者の上野千鶴子は、現在の住居のありかたを「家族を容れるハコ」と定義した。

「家族を容れるハコ

…「住宅」とは、「住」=住む「宅」=家のことをいいますが、歴史的にみて、家が「住むためだけの場所」になったのは、近代以降のことです。以前は仕事の場であり生産の場、祭礼の場、すべての場でした。家には奉公人などの他人もいました。それが住むためだけの場になってから、「家」は「家族を容れるハコ」となりました。裏返せば、家に住んでいる人々のことを、家族(いえ・ぞく=かぞく)と呼ぶと考えてもかまいません。」

「家族と住まいを社会学する」『家族を容れるハコ 家族を超えるハコ』上野千鶴子

「家というハコ

家族とはいったい何か,という定義はあまりに多様でかつあいまいである。そのせいで文化人類学は、家族の定義をとっくに放棄してしまった。

ところで日本語では、家族(かぞく)は、文字どおり、家・族(いえ・ぞく)と書く。同じ家に住んでいる族(うから)が、家族である。そう考えれば、世の中には氏族(うじぞく)やら、親族(おやぞく)やら血族(けつぞく)やら、果ては暴走族まで、いろいろな「族」がいる。そのなかで、家族とは、「家を共同している人々」という定義以上でも以下でもない、と考えてみよう。」

「nLDKの崩壊–住宅からみた近代家族」前掲に同じ

文化人類学が、家族の定義をとっくに放棄してしまったかどうかはさておくとして、家を「家族」とそれを容れる「ハコ」との重なり合い、あるいはずれとして見る。上野のこのクールな定義は現在の家族像を考える時には、重要である。

というのも確かに家族を定義することは難しい、それぞれ異なる環境の中で生を育まなければいけない人間たちの現実と、抽象化を経たあるいは「かくあるべき」として述べられた家族論は常にずれてしまうからだ。人間の雑種力、生存力とはすごいもので、極言すれば日常に見かけるどのような空間でも、知恵のついた人間たちによってはそこが居住空間として成立してしまうことは容易に想像できる。ハコは人間の生存にかかわる機能を保証する空間であれば、何でもいい。またそのハコが都市という上下水道や電気、あるいは居住の一部の代用としての施設の完備したインフラを持っていれば、それ自体には不十分な機能しかなくても成立してしまうのだ。そのハコはそこに住む人間(たち)の特性、ニーズとつながって千変万化する。そして人間(たち)の生きた動きを捉える社会学の立場からすれば、その現実的な活動を先んじさせて、ハコを変えていくべきなのだ。ここで建築=ハコを作る人は批判される。なるほど。この定義が発表されておよそ20年近く経っているが、その影響は現在の家族論や住居論にいまだに強い影響を与えている。

ただ「家族を容れるハコ」という言葉をよく吟味してみると、奇妙なことに気づく。

上野の先の二つの定義、家は「家族を容れるハコ」、家族は「家を共同している人々」を組み合わせてみる。すると「家族を容れるハコ」とは「〈家を共同している人々〉を容れるハコ」となる。これのどこが奇妙なのかというと、前の定義と後の定義とで、同じ人々を収容している物体が「家」と「ハコ」として二回登場してくる、つまり一見、同義反復が起こっているのである。とはいえ、この矛盾は必然的であったと思う。なぜか。

家の二回の登場の答えは明快である。それは家の象徴的側面と実体的側面とを別に示しているにほかならない。それゆえに、上野がいくら消そうと思っても家という象徴-ひとびとを集める力を持った幻想体系-は残っているのである。そしてさらにいえばこの幻想があれば、人はどんなハコでも家として棲んでしまうということだ。

上野は続く文章で、その「家」と「ハコ」との違いを等閑視してその後の論を展開している。

「家族という対象に,家というハコの側面から徹底的にアプローチしようとしているのが建築家の山本理顕さんである。…」「nLDKの崩壊–住宅からみた近代家族」

いつのまにか家とハコとが同一視されている。ここを起点として上野が繰り広げる住宅批判とは、基本的にはある共同体のたちふるまいとそれを収容するはたらき(機能的側面)のみのハコ(≠家)との矛盾が基準となっている。それに対して名指しされた建築家の山本理顕は、上野の指摘を最大限尊重しながらも、こう付け加えざるをえなかった。

「山本 今や住宅は擬態であるからこそ価値があるんじゃないかと思うんですよ。擬態を演じないと家族というユニットが崩壊してしまう。」「上野千鶴子×山本理顕対談 住宅,そして家族とは」

住宅作家としての山本の指摘は切実に聞こえる。住宅の存在が住宅が存在することの根拠になっている。しかしその内実は当然、確固とはしていない。それゆえ家族は擬態を演じざるをえないのである。しかしその擬態そのものが家という決して消えない象徴なのである。

上野と山本の検討からわき上がってくる疑問を受け止めてみたい。家とは「家族を容れるハコ」である。しかし、この上野の定義を受け入れると、その定義は裏切られる。先にも述べたように、家は機能的なハコのはたらきを簡単に越えて、ある共同体を成立させる幻想としても機能している。その幻想がむしろそのエレメントである人間の動きを操縦する側面を持つのだ。その強い動きを私たちはすでに第一部の「化モノ論」で紹介した。各地の伝統的住居や現代住居の名作においてその過程を検討した。それら家は、人に先んじて存在してきたともいえるデーモニッシュな物体であった。あえて言えば優れた家は、そこに人が不在でも、なにかしら〈家族〉的なキャラクターを帯びているものである。

ここにおいて私は家の定義を、「ある人間たちとそれを容れるハコとの相補的な幻想関係」として再定義してみようと思う。それは実は共同体と機能的はたらきのみのハコとに分けることはできない。つまり家は人間たちと、彼らをエンクローズする物体が織りなす幻想体系なのだ(註1)。

その相補的な幻想関係が指し示す家族像は、もちろん普遍的真実ではない。しかしその幻想関係は人間たちが、集まって住むには「こうありたい」とか「こうすべきだ」といった希望や妄想を実直に提出するというはたらきがあるのだ。その妄想こそが〈家族〉史(いかに集まって住むかのという問いかけの歴史)とでもいうべきものではないかと思うぐらいである。

それでは私たちが存在している近代以降において「家」とは、特に時代を率いてきた知識人やアヴァンギャルドたちによってどのような存在として立ち現れてきたのだろうか。

ここにおいて第一部第二章「イチジクの葉っぱ建築論」において、19世紀末ウィーンの建築家アドルフ・ロースが、人間の装飾活動が原罪的にふちどられていることを指摘したことは決定的に重要であった。彼ほど建築家の中で人間ひいてはそれらの関係とそれを収容する建造物との関係の解明に取り憑かれた人物は珍しい。その指摘はきわめて人間らしい発明物であるひとつの観念に収束する。

1902年、あるウィーンの女性用雑誌に、ロースは以下のようなラディカルな言説を披露している。

「いや,違う。人間は野獣ではない。野獣は愛する、ただ愛する、本能が命じるままに。だが人間は本能を虐待し、本能は人間に潜むエロスを虐待する。我々は厩舎につながれた野獣だ。餌のお預けをくらった野獣,命令により、愛することを強要された野獣だ。そうだ。われらは家畜同然だ。

もし人間が野獣であるなら、発情して情欲の虜になるのは年に一度だけだろう。しかし無理に抑圧された性衝動は四六時中われわれを発情させる。この性衝動というやつは分かりやすい自然なものではない。複雑極まりなく、自然に背くものだ。」

「女たちのモード」『虚空へ向けて』加藤淳訳、アセテート

この論考の途中でロースは、13世紀に端を発するフラジラント(鞭打ち苦行者)における、おのれの罪を外在化させ自らを責め苦に追いやる人々の様子を語る。続いて、「エロスの頂点を極めたマルキ・ド・サドの魂は、壮大なまでの責め苦を考え出した」として獄中のマルキ・ド・サド(1740–1814)を事例に挙げている。そしてその段落の最後で「一方で、愛らしくも青ざめた一人の少女がノミをプチッと殺し、喜びに身を打ちふるわせながらひそかに深いため息をつく。サドも少女も同類である」と結んだ。このロースの主張にはフラジラント、その内面化としてのサド、そして一人の少女までをも貫く自然に背くものとしてのエロスが充満しており、それこそが人間存在の根拠であるとロースが考えていたことを示している。つまりロースの主張を貫き通しているのは、原罪を負った、それゆえにエロス(註2)によって楽園へ回帰しようとする人間である。このような意味において人間に付随する装飾行為を原罪として告発しながら、それを否定しきることはなかった–犯罪自体は決してなくならないのだ–ロースのもっとも人間的な態度が明らかになるのである(「装飾と犯罪」原題はOrnament und Verbrechen (1908).ちなみにVerbrechenには「自然に背いた行い」という意味がある)。

そして今後の希望として、ロースはこの文章の最後にこう書き認めている。

「女の気高さが求めるものはただひとつ。それは,大きく力のある男の横で、自分の存在を誇示することにある。この渇望は、いまや女が男の愛を勝ち得たときのみ満たされる。しかしわれわれはいま、新しく、自ら働き男から経済的に独立することによって、女は男と平等な立場を獲得するのだ。女の価値が、時代によって変化していくエロスのありように左右されることはなくなる。」承前

前半と後半の文章は、ロースにとっては分かちがたかった。これは人間の原罪を認めた上で、それを克服しようとする希望なのであって、その獲得しえぬ希望をかたち=建築として成立させるところにロースの近代性(モデルネ)があった。このような意味で、ロースはニューギニアの未開人の行う入れ墨(「装飾と犯罪」)と女たちのエロス的衣装とを同一視していることは明白である。つまりその犯罪とは糾弾されるべきものではあるが、決してぬぐい去ることのできない人間の性なのであった。

このような見方は、1世紀後にミシェル・フーコーによってより精密に語られているが、論調としては同じようなものである。

「…つまり誰の身体も,いわば孔雀が羽根を広げるように大手を振って歩いていた」とフーコーは性の抑圧が始まった17世紀以前の状態を、さも原罪がくだった以前の楽園状態のように記述する。それに比べて後に起こった人間の性活動を取り巻く現象とは以下のようである。

「この白日の光に続いて、たちまちに黄昏が訪れ、ついにはヴィクトリア朝ブルジョワジーの単調極まりない夜に到り着く。性現象はその時、用心深く閉じ込められる。新居に移るのだ。夫婦を単位とする家族というものが性現象を押収する。そして生殖の機能という真面目なことのなかにそれをことごとく吸収してしまう。性(性器とその機能、性本能)のまわりで人は口を閉ざす。(中略)社会空間においても、各家庭の内部にあっても、承認された性現象の唯一の場は,有用かつ生産的なもの、すなわち両親の寝室である。」p.11

「抑圧の時代はブルジョワ的秩序と一体をなすのだ。性と性に対する嫌がらせのとるにたらぬ年代記は、たちまちにして生産方式についての儀式張った歴史のなかに置きかえられ、その軽薄さは一瞬に消える。説明の原則は,事実そのものから自ずと明らかになる。すなわち,性がこれほど厳格に抑圧されているのは、とりもなおさず性が全般的でかつ強化された労働への組み込みという事態と相容れないからである。」p.13「第1章 ビクトリア朝の人間」『性の歴史1 知への意志』新潮社

ここでフーコーは、ロースが身を置いていた時代に、夫婦関係に閉じ込められ、厳重に管理された性のありようを指摘している。そして同時におぞましいことではあるが、このような性の抑圧は、性を科学的に処理し、労働へ組み込み、労働力の調整としての操作を可能にする。これがロースが自分自身を含めた人間全体を「家畜同然」と揶揄する背景であり、それは同時に第一部第3章「神の子の家」にて紹介した、食われるブタ=食いものにされる労働者を隠れたメタファーとして隠していた教訓童話19世紀の三匹の子ブタにも通底していたのであった。

さて、さらにフーコーは、きわめて興味深い示唆を私たちに与えてくれる。

「おそらくこの時初めて、近代西洋世界にかくも特殊なあの要請が、ひとつの全体的な桎梏という形で確立したのである。ここで私が問題にしているのは、伝統的な告解が要求していた性の掟に対する違反を告白する義務のことではない。そうではなくて、快楽の作用と関係のありそうなすべてのことを言うこと、魂と肉体を介して性と何らかの関係を持つ無数の感覚と想念を言うこと、自分自身に対し、他者に対し、しかもできるだけ頻雑にそれを言うという、ほとんど際限のない務めのことである。」p.29

フーコーによれば、このような性の「言説化」の企ては以前に禁欲的な僧院の伝統の中で形成されたものだったという(註3)。しかしその掟を、十七世紀と言う時代は万人に適用されるシステムとしたのである。掟に違反する行為を告白するだけではなく,自分に潜在する欲望を言説にしようと努めることが求められたというのだ。

「快楽の作用と関係のありそうなすべてのことを言うこと」、「魂と肉体を介して性と何らかの関係を持つ無数の感覚と想念を言うこと」、「自分自身に対し、他者に対し、しかもできるだけ頻雑にそれを言うという、ほとんど際限のない務め」…この指摘において、ここでもロースと同様にサドが引き合いに出され、彼の内的倫理としての性の言説化が紹介されている。

私たちはこの、自らの罪深き欲望への認識とそれを公然で露出することへの衝動とをきわめて近代的な欲望と考えたい。なぜなら言語化することによって内在化していた欲望は、漂白され,赦されるからである。この欲望のメカニズムを端的に〈原罪とその克服〉といおう。ここに近代家族が持つことになった宿題を見いだすのである。つまり、原罪的現実とそれらを克服する希望(あるいは妄想)の二重性として、近代家族を〈語るべきこと〉が必要になってくる。これは近代家族に向けられた歴史的宿題として私たちそれぞれに問われているものなのだ。この宿題は、ハコと人間たちとの機能論的な関係を見るだけでは回答することはできない。

19世紀ビクトリア朝に端を発し、20世紀を通底し、おそらく現在までもその影響を深く及ぼしているこの桎梏の二重性が、例えば冒頭に紹介した上野の指摘の中では端的に「家」と「ハコ」の二重性となって現れてきたのである。そしてその二重性をつなぐのが家とにんげんとの相補的な幻想関係なのであった。

以上のような〈原罪とその克服〉として20世紀の前衛的な住宅計画運動を概観するとき、それは大きく三つの克服すべき目標を私たちに差し出している。それは楽園を追い出された男女のつがいによって始まった人間の歴史にたいする最終的な解決をもくろむものであった。

ひとつめは、「恥じらい」の幻想とその克服である。自然の動物を見倣い、おのれを恥じらうな!

ふたつめは、「つがい」の幻想とその克服である。人間を抑圧するつがいを克服せよ!

みっつめは、「生産」の幻想とその克服である。楽園での自然のサイクルにふたたび身を任せよう。生産するな、生産の道具になるな!

以降の三つの物語は、おおきくはこれらの克服の運動に関連して20世紀に発生した様々な家族的事象をとりあげ、検討するものである(註4)。第一の舞台は、近代家族が具体的なアンサンブルとして現れた19世紀中盤のイギリス・ビクトリア朝である。

●空想の科学へ

フリードリヒ・エンゲルス(1820–1895)は、マルクス・エンゲルス主義を構築した片割れとして著名である。冷徹な社会分析機械であったカール・マルクスを支援し、その理論をかみ砕き、人々に伝え、20世紀初頭のプロレタリアート(無産階級)による社会主義革命のための運動にいそしんだ人物であることはもはや説明するまでもないだろう。

しかし彼の出身は、プロレタリアートではなかった。エンゲルスはドイツ、バルメン・エルバーフェルト(現ヴッパータール)にて紡績産業で成功を収めたドイツ人経営者の長男として生を授かった。典型的なブルジョア知識人階級に属する青年であり、かつ社会改良主義者であった。ブルジョアジーにして社会改良主義という存在は、たとえば18世紀フランスのアル=ケ=スナンの王立製塩所計画とその実現(1779、図)にみられるように、別に不思議ではなかった。もしその遂行者が、資本を運転できる自分の階級的立場を利用しつつ、使役される労働者たちを含む調和的な生産の世界をつくりだそうとすることは、自らの経済活動を持続させるためにも当然起こりうるからである。

若きエンゲルスは、父の命によりイギリス・マンチェスターの父所有の綿工場に送り込まれた。当時マンチェスターは一大紡績地帯であった。そこで彼は都市部に居住する当時の労働者の悲惨な生活実態に衝撃を受けた。自分の出身地では予想も及ばなかったラディカルな生活の実相がそこかしこに噴出していた。彼の24歳の処女作である『イギリスにおける労働者階級の状態』(Condition of the Working Class in England, 1844)は題名通り、イギリス都市部における労働者階級の家族の居住実態をレポートしたものである。彼はそこで何を読み、見たのだろうか。エンゲルスは主にロンドンとマンチェスターを扱っている。ロンドンは当時のさまざまな医師や衛生局による報告の収集、マンチェスターでは自分で見聞したものも多くなるが、中でもそのイメージがありありと浮かぶ当時の労働者家族たちの住まいにこんな一節がある。

「サリーの検死官カーター氏が、アン・コールウェイとよぶ四十五歳の女の死体について一八四三年十一月十六日におこなった検死にさいして、新聞は、故人の住居について次のように報じている、同女は、ロンドン、バーモンジー・ストリート、ホワイト・ライアン・コート三番地に、夫と十九歳になる息子といっしょに小さな一室に住んでいたが,その部屋には寝台も夜具もなければ、その他の家具もなかった。彼女は,息子のかたわらのひとかたまりの羽根のうえで死んでおり、その羽根は、彼女の素裸にちかいからだにおおいかけられていた、掛けぶとんも敷布もなかったからである。その羽根は彼女の全身にかたくこびりついていたので、医師は、死体がきよめられるまでは,それをしらべることができなかった。しかもしらべてみると,彼女は骨と皮ばかりで、全身いたるところ毒虫にかまれていることがわかった。部屋の一部に穴があけられていて、その穴が家族により厠として使われていたのである。」p.54『イギリスにおける労働階級の状態』大内兵衛訳、新潮社版,昭和35年

うつろな一室、寝台もその他の家具もない、その空き間に夫と死んだ中年の妻とその息子が暮らしていた。暖をとるためにとっくに備え付けの家具は焼かれていたのだろう。やせ細った彼女にはすでに衣服すらなく、羽根がかけられていた。まるで羽根をむしられたが食することもなく打ち捨てられた鶏の死骸のようである。そして床の一部には孔があけられ彼らの排泄物をとりあえず見えないものとさせていた。その区画された空間の雰囲気の異様さはおおいようもない。この情景の描写が強烈な印象を残すのは、もはや社会とは隔絶されきった家族を劇的に示しているからである。共同する意味がほとんど消え去っているにもかかわらず、しかもなおカミソリのように家族という単位として屹立している。そしてその屹立を強調するのは、区画された、このうつろな部屋である。エンゲルスに、近代家族をまさしく問題として意識させたのは、この劇的に破綻したアンサンブル(組み合わせ)だったのである(注:このような孤立し、屹立する家族のイメージは、近年の日本においても多く報道されている。たとえば年金受給を保持するために親の死亡報告をせず、寝具の中でミイラ化した実母や実父とそれとともに暮らす子供たちである。そしてそれを家族として鮮やかに指し示すのは、ロンドンにおいては家具のないがらんどうとしての部屋であり、日本の事例においては窓を厳重に閉ざした木造住宅である。)。

この時点において、すでにエンゲルスには家族を家族としてみせるのは、それを区画する空間の存在の特性であることに気づいていたふしがある。家族が悲惨であるのはそれが実体的に隔離、収容された時なのだ。エンゲルスによるそのような人々を収容するハコの縦横無尽な蹂躙への告発は枚挙にいとまがない。

「ウエストミンスターのセント・ジョージ教区とセント・マーガレット教区には、統計協会報によると、1840年には、5366の労働者家族が5294の『住宅』-もしその名に値すれば-に住んでいた、男も女も子供も、年齢や性のいかんをとわず、一緒くたに投げ込まれており、合計すると2万6830人いた、しかも上記の家庭数のうちの四分の三は、ただ一室しか持っていなかったのである。」p.52

「ロンドンでは,毎朝,その晩どこに身をよこたえることになるか見当もつかない5万の人々が目をさます。これらの人々のうちもっともしあわせなものは,夕方一ペンスないし二、三ペンスのこすことができて,いわゆる木賃宿(lodging house)へ(中略)いくのである。だがそれにしてもなんという宿であろう!その家は上から下まで寝台がぎっしりつまっていて、一室四つ、五つ,六つと、押し込めることのできるかぎりの寝台が入れてある。それぞれの寝台には、四人、五人,六人と、やはりつめこまれるかぎりつめこまれる。病人も健康なものも、老人も若者も,男も女も、酔っぱらいもしらふのものも,手あたりしだいめちゃくちゃにつめこまれる。」p.55、承前

なぜこのように都市の労働者たちは収容されなければならないのか。彼は自らが工場経営を修行することになった(ちなみに彼は、終生、経営者であり続けた)マンチェスターの地において自ら調査に乗り出すのであった。

「古いマンチェスター時代に建てられた2、3百戸の家々はその最初の住民たちからはとっくのむかしに棄てられてしまっている。そこに労働者の大群をつめこんだものはひとえに工業である。現在そこに住み込んでいる人々,それは労働者たちなのである。これらの古い家々のあいだに残されていた寸尺の地をすっかり建物でふさいでしまったのもほかならないこの工業で、それも農業地方やアイルランドから雇い入れた大衆に庇をあたえるためであった。ただ工業だけが,その家畜小屋の所有者たちに、もっぱら彼らが富を積むだけのために、その家畜小屋を人間に高い家賃で貸しつけ、貧窮している労働者を搾取し、幾千の人々の健康をそこねるようなことをさせるのである。ただ工業だけが、農奴の身分から解放されたばかりの労働者をまたしても単なる資源として、ものとして使用しうるようにさせた…」p.76、承前

労働者が収容されなければならない理由、それは自らが関与している工業であった。工業資本がその利潤の生産のために、工場付近に、地方からやってきた人々を収容したのであった。彼らが住む場所として用意されていたのは、放棄寸前の古い街区か、あるいは今まで住宅地ではなかった都市の暗渠であった。しかも不動産業者はその暗渠を住宅のようなものに仕立てて、なお利潤のために彼らに差し出すわけである。

「マンチェスター側にあり、オックスフォード・ロードのすぐ南西方、リトル・アイランドとよばれている地域である。メドロック川が半円形にめぐり、四方が高い工場、高い人造岸、または堤防でとりかこまれているかなり低い窪地には、およそ二〇〇戸の小屋が二群になってならんでいる。小屋の大部分は二戸ずつ共通の後壁をもち、そこに合計して四〇〇〇の人々、ほとんどアイルランド人ばかりが住んでいる。小屋は古くてきたなく,きわめて小さい。街路は平坦でなくでこぼこで,一部は舗装されず、排水溝も欠いている。無数のゴミや屑物、吐き気をもよおす糞尿が,水たまりのあいだにちらばっていたるところにある。大気はこれらの汚物が発散するガスによって毒され、一ダースほどの工場の煙突からの煤煙によって黒ずみ,重くたれさがっている。ぼろを身に纏ったたくさんの子供や婦人がここを歩き回っている。そのきたないことは、まるでゴミの山や水たまりの中でのうのうとしている豚のようである。」p.83、承前

彼の描くこの川沿いの労働者住宅地は、もともと都市の排水が溜まり込む場所であったと推察される。下水施設そのもののようなものだから、もちろん排水施設もない。そこに糞尿とともに人間たちが詰め込まれる。しかし一方でイギリスにおける労働者階級の主要な担い手となったアイルランドの農村出身者たちは、彼らのもといた環境にあっては排水施設のようなインフラは不要であった。彼らの持ち込んできた生活様式が、都市のごみために奇妙に適合した。このようにして、次第に労働者家族における「家」の幻想水準を決定する。

近代住居のアンサンブルを成立させたのは、皮肉なことに「アイルランド人」たちの持ち込んだ農村の流儀であった。

「地下置き場に住んでいる家族の大部分は、すべてといえるぐらいどこでもアイルランド系である。要するにアイルランド人は、ケイ博士のいうように、生活必需品の最小限とは何かということを見いだして、それをイギリス労働者に教えているのである。不潔と飲酒癖も彼らがもちこんできたものであった。このアイルランド人にとっては第二の天性となってしまっているきたならしさは、住民がばらばらに生活している農村ではそうたいした害毒を流しはしないが、この大都市ではつもりつもって、いまや怖るべきもの、また危険をもたらすものとなるのである。(中略)故国にいた時のように、彼は自分の手で家にくっつけて豚小屋を作る。それができないときには、豚を部屋で自分のかたわらに寝させる。このような、大都市における家畜飼育という新しい、そしてまた異常なやり方は、全くアイルランド人がはじめたものである。」

「アイルランド人は家具を使いつけない。ひと山の藁,着物にまったくつかえなくなったいくらかのぼろ、これだけあれば彼の家具には十分である。一片の木、こわれてしまった椅子、テーブルがわりの古い箱があればもうそれで十分である。(中略)そしてもし燃料が不足すれば,彼の領分にありとあらゆる可燃物、つまり椅子、扉柱、暖炉棚、床板といったものが、もちろんありさえすればであるが、暖炉にくべられる。そのうえ、何で広い場所が必要だろうか。海のかなたの(アイルランドの)粘土小屋では、ただ一つきりの屋内部屋があらゆる家事目的にあてられていた。この家族は,イギリスでも、一部屋以上は必要としない。このようにして,多くの人々がたった一つの部屋につめこまれることになるのである。」p.113、承前

エンゲルスは言う。「要するにアイルランド人は」「生活必需品の最小限とは何かということを見いだして、それをイギリス労働者に教えている」のだ。

近代の家がこのとき発見された。それは経営者にとってみれば人を詰め込むだけ詰め込んだ暗渠ではあったが、一方で農村出身の労働者たちにとってみれば、それは-故郷のそれのイメージのきわめて劣悪な変形物であったとしても-やはり家たり得たのであった。ここにもまた家とハコとの二重性が指し示されるのであった。農村的紐帯の幻想=「家」によって集まった人々とそれを収容する都市の暗渠=「ハコ」とのアンサンブルによって近代住居の極限がすでに示されていたのだった。その破綻は目に見えていた。

革命的問題として家族そして性愛を語ること。ここにエンゲルスの独自性と19世紀的性格がある。

エンゲルスをマルクス・エンゲルス主義の推進者ではなく、住居・家族問題の批評者として取り扱うことは外れていない。と、いうのもエンゲルスの著作に、終始一貫流れているのは、〈家族〉〈男女〉あるいは〈居住〉というテーマだからである。それはマルクスが最終的に資本主義経済の自己運動のメカニズムに興味を集中していったのと好対照をなしている。エンゲルスはマルクスが残した断片的な経済人類史をひろい出しつつ、経済よりはむしろその外部として押し出された、家族の行く末を歴史的パースペクティブの中で検討した。

『イギリスにおける労働者階級の状態』刊行後40年の1884年、晩年のエンゲルスは、単著としては彼の代表作となった『家族・私有財産・国家の起源』(Der Ursprung der Familie,des Privateigenthums und des Staats, 1884)を世に問うた。そこで語られる主役は家族の様々な形であった。その発達史を主軸とし、家族によって担保される私有財産の発達をへて、それを国家の成立の根拠として据えた。つまり家族から社会を逆照射した。

「文明に照応し、文明とともに確定的に支配的となる家族形態は、単婚であり、男性の女性に対する支配であり、社会の経済的単位としての個別家族である。文明社会を総括するものは国家であり、この国家は、標準的な時期にはいつも例外なく支配階級の国家であり、どんな場合にも本質的には、抑圧され・搾取される階級を抑制するための機関であることに変りはない」(戸塚四郎訳、岩波文庫版p.233)等が有名な一節である。家族から国家を問うというベクトル、これがその後、20世紀のジェンダー運動に及ぼした影響は計り知れない(註5)。

しかし私は彼の家族論を「科学的歴史」論としては読まない。すでに示したように家は「ある人間たちとそれを容れるハコとの相補的な幻想体系」なのだから、ここではエンゲルスがどのような家-家族幻想を獲得したのかにこそ興味がある。この視点からエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』に触れることは、その後の20世紀において空想され、半ば実現した居住計画に潜む企図をうまく暴き出してくれる。

エンゲルスは「空想から科学へ」を標榜した。しかし、むしろ彼の理論のもつ「空想の科学」の側面こそが、現在の私たちが抱いている家族のイメージに大きな影響を与えてきたのだと思えるのである。

さて、きわめて乱暴にまとめれば、エンゲルスによる、男女の性愛活動にもとづく共同体の歴史には、人間社会発展の三つの主要段階に対応する三つの主要形態がある。「野蛮期には集団婚が、未開期には対偶婚が、文明期には貫通と売春によって補足される単婚」である。そして野蛮期の最終的に高度な段階としてプナルア(親友)婚という特殊な状態が見いだされる。また対偶婚(男女関係が非対称な婚姻関係)と単婚とのあいだには、奴隷化した女性に対する男性の支配と一夫多妻制が割り込むというのが、エンゲルスが描いた家族発達の道筋であった。エンゲルスの家族史の構築に、大きく寄与したのがアメリカの人類学者であったL. H. モーガンによる『古代社会』(Ancient Society, 1877)等の一連の著作であった。それは当時の北アメリカの先住民族の観察にもとづく、はるか古代における家族形態をめぐる考察であった。先のエンゲルスの主要段階はモーガンによる区分をもとにしている。エンゲルスはモーガンの研究成果をさらに彼流に展開した。要するに、社会的諸制度を「人間自体」の生産である「家族」と、「生活手段」 の生産である「労働」の二つから規定し、生産性の向上=富の増加によって家族形態が古代社会における血縁的紐帯から、次第に所有の秩序に支配されるものとなったというのである。

「これらの変化は、共通の婚姻紐帯に包摂される範囲が、元来きわめて広かったのに、ますますせばめられて、ついには今日支配的な一組の夫婦を残すだけになる、といった種類のものである。

モーガンは、こうしたやり方で家族の歴史をさかのぼって構成することによって、彼の同僚の多くとともに一つの原始状態に、すなわち、一部族の内部で無制限の性交がおこなわれ、したがって、あらゆる女があらゆる男に、またあらゆる男があらゆる女に一様に属していた原始状態に到達する。」p.43第二章 家族

彼が家族史を作り上げたのは、ほかでもなく、それによって単婚制度(一夫一婦制)を歴史の一ページにすぎないものとして相対化することであった。彼の批判対象は、40年前に目の当たりにしたうつろな家とそこに収容された人々をつくりだすメカニズムであった。目的は、はじめから決まっていたのである。そのような色眼鏡で同書を眺めると、エンゲルスの思い描いた未来への「空想」が実は浮かび上がってくる。

彼の例えは時としてユーモアにあふれている。たとえば動物に単婚が存在することについてこう反駁する。

「鳥類にみられる忠実な単婚の事例は、人類についてはなにも証明しない。人類は鳥類から発生したものではないからである。またもしも厳格な単婚が至上の徳行であるのならば、その栄冠を受けるものは絛虫である。けだしこれは、その五十から二百の片節ないし体節のそれぞれに完全な雌と雄の生殖器をもっていて、これらの各節で自己交接をして全生涯をおくるからである。」p.44、承前

また氏族発生の当初、母系社会が先行した理由にたいして、モーガンの説を援用し(註6)これ以上にないほどの明瞭な唯物的見解を披露する。

「どんな形態の集団婚家族でも、この父が誰であるかは不確実であるが、その母が誰であるかは確実である。」p.56

カトリーヌ・ドヌーブ主演の有産階級の人妻の昼間の秘められた仕事を描いた映画『昼顔』(ルイス・ブニュエル監督、1967)の着想のもとにも突き当たる。

「現代のブルジョア階級の「結婚は当事者たちの地位によって制約されており、そのかぎりではいつも便宜婚である。この便宜婚は、どちらのばあいにも、しばしばもっとも極端な売春に転化する。往々にして夫婦双方の、しかしごくごくふつうには妻の売春に。彼女がふつうの売春婦と区別されるのは、彼女が賃金労働者として自分の肉体を一回いくらで賃貸するのではなくて、一回こっきりで奴隷制に身を売り渡してしまうことによるだけである。」p.94

エンゲルスは、歴史理論の構築後、当然ながら未来の家族像について筆をすべらせはじめる。しかしその筆は、次第にサイエンス・フィクション(空想の科学)へ近づいていく。彼にとって、労働者階級における性愛こそがもっとも理想的なものなのだ。なぜか。

「性愛が女性にたいする関係で真の原則となっており、またなることができるのは、わずかに被支配階級において、したがって今日ではプロレタリアートにおいでだけである。この関係がいまや公的に認められているかいないかには、かかわりなく、しかしここでは、古典的単婚のすべての基礎もまた取り除かれている。単婚と男性の支配とは、まさに財産の保全と相続のためにこそつくりだされたのであるが、ここではその財産がまったく欠けており、しがたってここでは、男性の支配を主張する動機もまた全く欠けている。」p.94

つまり労働力(抽象化された人体エネルギー)を売るしか術のない労働者において、その性差は社会的には消滅する。女性は働きはじめる、自立する。それによって、これまで私有財産を独占してきた男性が、その根拠を根底からなし崩しにされるというのである。労働者によってはじめて男女は等価なものとなるのだ。大工業が女性を家庭から労働市場へ、工場へと移し、彼女をきわめてしばしば家族の扶養者にするようになって以来、プロレタリアの家では、男性の支配の最後の残りかすまでもが、そのすべての基盤を失った。このセリフは、先に紹介したアドルフ・ロースの「女たちのモード」でも語られていたエロス抜きの女性の活躍への展望そのものではないか。

「こうして、プロレタリアの家族は、夫婦双方のもっとも情熱的な愛情やもっとも堅固な貞操にもかかわらず、またおよそどんな宗教的および世俗的な祝福にもかかわらず、もはや厳密な意味での単婚家族ではない。したがって、単婚の永遠の同伴者である娼婦制と姦通も、ここではほとんどあるかないかの意味しか演じない。妻は離婚の権利を実際に取り戻すにいたり、夫婦仲がうまくゆかなければ、むしろ別れることを選ぶ。」p.95

今や平等である彼らにおいて、娼婦制や姦通は意味をなさない。なぜなら離婚はきわめて自然で、容易になされるからである。

しかしここに落とし穴があった。それは彼らのあいだに、すでに生まれた子供たちの存在であった。子供たちはどのように扱えばよいのか。エンゲルスの解決策は、ここでまごうことのない空想の科学へ飛躍した。

まずはプロレタリアートによる性愛ユートピアを樹立するために、彼は単婚の根拠となっている私有財産を、生産手段の共同所有へと移行させることを主張する。労働者の財産は共同的なものとなることによって、平等制が担保される。そうすれば〈必然的に〉以下のような社会が生成されるのだ。

「個別家族は、社会の経済的単位であることをやめる。私的家計は一つの社会的産業に転化する。子供たちの養育や教育は公的な事項となる。嫡出子であろうと私生児であろうと、一様にすべての子供の世話を社会がみる。これによって、今日、娘が恋人に思いきって身をまかせるのを妨げる、もっとも本質的な社会的、道徳的ならびに経済的要因をなしているところの、「結果」にたいする心配がなくなる。」p.100

この知見と近未来「ユートピア」小説との差はほんの数歩しかない(註7)。

今私たちのまえに、エンゲルスの描いた性愛ユートピアと強い影響関係をもつ二つの事例がある。ひとつは実際に実現した住宅都市計画である。そしてもうひとつは1932年に発表された近未来小説である。

「〈田園都市〉は健康的な生活と産業のために設計された町である。その規模は社会生活を十二分に営むことができる大きさであるが、しかし大きすぎることはなく、村落地帯で取り囲まれ、その土地はすべて公的所有であるか、もしくはそのコミュニティに委託されるものである。」1919年田園都市および都市計画協会による(ハワードの助言によって)p.39『明日の田園都市』鹿島出版会

1898年、当時のヨーロッパの中心であったイギリス・ビクトリア朝の世紀末、啓蒙家エベネザ・ハワードによって『明日-真の改革にいたる平和な道(To-morrow;A Peaceful Path to Real Reform)』が発表された。1902年には改訂され書名を改められた。その名は『明日の田園都市(Garden City of To-morrow)』、20世紀のいわゆるニュータウン建設の引き金となった最重要著作であった。

ハワードはエンゲルス的なラディカルな社会主義的ビジョンについては批判的であった。しかし当時の家族–住居についての彼の問題意識は、基本的にエンゲルスの提起した都市の「家」と労働者家族と同じものであった。エンゲルスが告発した半世紀前に比べて、労働者住宅の改善は徐々になされてきたが、さらに都市部に人口が集中することは防ぎようがなかった。人々は従来の自然的環境から切り離され、大都市の一室をそれに見合わない家賃で借りるか、さもなくば日々の貴重な時間を遠距離通勤に費やさねばならなかった。そしてもっとも根本的な問題は彼らが常に失業に脅かされる立場にいまだに甘んじていたことであった。このような不安定な都市が日に日にその領域を拡大していくのであった。田園都市はこれらを背景にして提唱された。

当初はそのユートピア性を批判されたものの、ハワードは自らの提案が実現可能であることを主張し、二つの田園都市レッチワース(1903 年)、ウェルウィン田園都市(1919 年)を実現させた。この二都市の建設は世界各地に影響を与え、田園都市運動を巻き起こした。「田園都市」が世界各地で実現されるにあたっては、多くの拡大解釈を伴った。たとえば日本においては、ハワードの提唱した共同信託的組織としての田園都市思想は全く根付かず、民間の宅地開発の呼称として用いられる。そのため、 これらの都市のうち、ハワードのいうような完全な意味での田園都市はごくわずかであるとされている。とはいえ、それらには共通の質があり、派生的な「田園都市」も含め、20世紀における新都市建設のビジョンの骨格が提示されたことは間違いない(註8)。

さてハワードの提唱した田園都市の方法とは次のようなものであった。

「読者よ、ここに六〇〇〇エーカーの土地があると想像していただきたい。その土地は現在のところ純粋の農地であり、エーカー当り四〇ポンド総額二四万ポンドで公開市場で買収して得られたものとしよう。その買収費用は平均利率が四%を超えない抵当社債で支弁されたものとしよう。その土地は責任ある地位の誠実で名誉ある四人の紳士の名前に法律上は帰属する。かれらはまず社債の持主に対する担保として土地を預かっているのであり、つぎにその土地の上に建設されようとしている〈田園都市〉つまり〈都市・農村〉磁石に住む人々のために、土地を預かるのである。」1〈都市・農村〉磁石 p.87

彼は大都市の近傍に、近くはあるが自立した小都市を建設しようとしたのである。そこはもと純粋の農地であり、人間が理想としているはずの田園風景の中に建設されるものである。その土地は彼が述べるように、当初は「責任ある地位の誠実で名誉ある四人の紳士の名前」によって信託され、準備された「共同」の土地所有制を前提とした。また文中で登場してくる〈磁石〉とは、都市、農村のいずれもがもっている、人々をひきつけるそれぞれの魅力的要素である。ハワードは都市の磁石のみが肥大化するのではなく、農村の磁石との拮抗関係によって、その間に自立的な都市が造られるとした。

「すなわち産業人口のために比較的に高い購買力の賃金を支払うことのできる仕事を見つけること。より健康的な環境とより規則的な雇用を確保すること。企業心に富む製造業者・協同組合・建築家・技術者・建設業者・あらゆる種類の機械技師・その他さまざまな職業に従事する多くの労働者に対して、彼らの資本と能力に対する、新しくより良い雇用を確保する手段を提供することである。他方、その土地に移住してくる人びとと、現在そこに住んでいる農民に対しては、農家の戸口近くに農民の生産物を売る新しい市場を開設するように計画される。要するにその目的は、あらゆる水準の真の労働者すべての健康と愉楽の基準を、向上させることである。」p.88

自立的な都市とは何か。それは上記の説明にもあるように、その小都市が自らのうちにサイクリックな経済機構を内在させていることである。付近の農村との経済交流も含みつつ、これによって地域性を保った自足的な小都市建設を目指すのである。そしてその小都市の発展には規模の制約がなされた。その代わり経済の発展は、巨大都市ロンドンの発展のみではなく、それをとりまく田園都市の新たなネットワーク的建設によってなされるというのであった。以上をまとめると、彼の構想した田園都市は、土地の信託共有制、都市と農村の間、経済的自足制、規模の限界設定と飛び地的順次開発、とまとめることができるだろう。先にも指摘したように20世紀において計画されたニュータウンの多くは、以上の方針のいずれかを含んでいる。

さて、ここで興味深いのは彼が「磁石」と表現した、都市・農村それぞれが人々を引きつける魅力の内実である。

「〈都市〉磁石も〈農村〉磁石もいずれも自然の計画と目的を表現するものではない。人間社会と自然の美しさが共に享受されるように工夫されなければならない。二つの磁石は一つにならなければならない。男と女が異なる資性と能力によってたがいに補っているように、都市と農村も相互に補完しなければならない。都市は社会の象徴であり、人と人との間の広範な関係の象徴であり(中略)、そして農村は、神の人間に対する愛と思いやりの象徴である。」

ハワードにとって都市と農村は、男と女、経済社会と神の恩寵というコントラストとしてとらえられた。その共存こそが理想なのである。確かにこれでは無産階級による一元支配を標榜したエンゲルスとは、全く正反対のベクトルである。問題意識は共有しながらも、エンゲルスとハワードはその解決法は対称的であった。エンゲルスは処女作において劣悪な都市環境における農村的「家」が、奇妙なアンサンブルとして成立してしまったことを大きく問題視した。その視点にしたがえば、ハワードの視点はそんな奇妙なアンサンブルを、より矛盾のないように見えるのどかな田園風景に移動したにすぎないともいえるからである。農村への都市的要素の侵入である。乱暴にいえばハワードは、18世紀以来の古典的啓蒙主義とそれほど変わることはなかった。この田園都市が持つ性格は、マルクス主義的フェミニストにとっては格好の標的の対象となったに違いなかった。予想に違いなく上野千鶴子はこのような「調和」的解決法全般について、それを家父長制資本主義とまとめている(註9)。

「マルクス主義フェミニストは、市場が「近代家族」のメンテナンスのために払った費用を称して、資本制と家父長制の間に成立した「ヴィクトリアン・コンプロマイズ(ヴィクトリア朝の妥協)」と呼ぶ。その結果成立したシステムが「家父長制的資本制 patriarchal capitalism」と呼ばれるものである。このシステムは予め二元的である。家父長制的な近代家族は、あくまでも資本制下の家族であり、逆に資本制は、その補完物としての家族を市場の〈外部〉に前提している。

だとすれば、市場が手を結んだエイジェントとは、実は「個人」ではなく「家族」であった。(中略)共同体が析出したのは「自由な個人」ではなくその実「自由な・孤立した単婚家族だった。」 p.229-230

そして、社会に対する家族単位と家族における人間関係は、別のセットとして切り離されることによって互いが温存される。彼女によれば、この家族は、成人=男性だけが貨幣へのアクセスを排他的に独占するという点で「家父長的家族」ではある。しかしその「家父長」は社会の中では一介の労働者にすぎないという二面性を持っている。

ヴィクトリアン・コンプロマイズ=ヴィクトリア朝的妥協、とはたくみな表現である。ハワードの田園都市は居住形式におけるその典型的解決法であった。上野は、この合意から何が洩れだしたのかを正確に突いている。それは社会からはみ出して、「無限」の資源のように社会から盗まれる「家族」と「自然」であった。「家族」は性という「人間の自然」にもとづいて、ヒトという資源を労働力として社会に差し出した。特に女性は人間製造機として、家に幽閉され、使役された。

「逆に労働力として使いものにならなくなった老人、病人、障害者を「産業廃棄物」としてアウトプットする。(中略)健康な成人男子だけを「人間man」と見なす近代思想のもとでは、その実、子供は「人間以前」の存在だったのだし、他方で老人は「人間以後」の存在、女性は「人間以外」の存在なのである。(p.11 「市場とその外部」)」

同様に「自然」はエネルギーと資源として盗まれ、かわりに産業廃棄物として経済の外部へ押し戻されるのであった。ここでハワードの田園都市が、農村との関係において、実は周囲の農村経済を上野の指摘と同様に市場経済的に盗むシステムを保有していたことは、重要なことである。この都市社会を保たせるための、無限的資源としての「自然」と「家族」という幻想が、20世紀の田園都市計画の根本にインプットされていた。一方でこの無限幻想が根底から再考を促されるのは、20世紀も終わりに近づいてからであった。しかしこのような状況は資本制によってもとづく社会にあっては、不可避であり、その構造は現在まで継続している(註10)。

ではポスト革命、あるいは革命なき完全な社会がもし実現したとしたら、それはいったいどのような社会なのであろう。ハワードは先の『明日の田園都市』においてこう述べている。

「発展途上にあるコミュニティにおいては、いつでもコミュニティがその集団的能力において所有し発揮するものよりも、はるかに高いレベルの公共精神と公共企業を表す団体と組織が見いだされるであろう。」8自治体に代わってする団体の仕事 p.169

はるかに高いレベルの公共精神と公共企業を表す団体と組織の全貌が一介の野蛮人によって見いだされたのは、「フォード歴632年」のロンドンにおいてであった。

…フォード歴632年のある日、ロンドンの人工ふ化工場では、その所長が見習生たちを引率して、新生児の出荷方法を説明していた。所長は最近発見されたボカノフスキー法という、いわば種木への接ぎ木によって人間を誕生させる新手法を自慢げに披露していた。ところが見習生の一人から、その長所の説明を求められたため、所長は不満げであった。

「これはおどろいた!」と所長はその生徒のほうにくるりと向きなおった。「君は分からんのかね?ほんとうにわからんのかね?」所長は片手を上げた。彼の顔つきは厳粛だった。「ボカノフスキー法こそは社会的安定の肝要な手段の一つなのだよ!」

社会的安定の肝要な手段。

標準型男女、均等な一団、ボカノフスキー化された一個の卵子から生まれ出た人間たちで、小工場の全労務員が充たされる。

「九十六の一卵性双生児が九十六の同型の機械を運転するのだ!」その声は熱狂のためほとんど震えていた。「どうだ、今やどういうことになったか諸君にもわかるだろう。まさに前代未聞の出来事なのだ」所長は世界国家の標語を引用した。「共有、均等、安定」すばらしい言葉だ。「もしわれわれが、無限にボカノフスキー化できるのなら、一切の問題は解決されるのだが」」オルダス・ハクスレー『すばらしい新世界』松村達雄訳 p.12 第1章

フォード歴632年、人々ははるか以前の十字ではなく、T字を切って、実現した「すばらしい世界」を祝福するのだった。「共有、均等、安定」こそ、「自由、平等、博愛」にとって代わられた新世界の標語であった。世界経済を安定的に動かすためには、生産と消費との完全なバランスを計画する必要があった。そのためにはその担い手である人間を調和的に出荷することが求められていたのであった。人工ふ化工場はその拠点であり、ロンドンの工場は世界に広がったその施設のうちの一つであった。納得させられ、所長に引き連れられた見習生たちはさらに「階級予定室」へ入っていく。

「八十八立方メートルの容積に及ぶ索引カードです」と、一同が部屋へ入ってゆくとフォスター君がうれしそうに教えた。

「ありとあらゆる関係事項が含まれている」と所長がつけたした。

「毎朝最新の資料を加える」

「そして毎日午後には整備される」

「これを基礎として計算がなされる」

「これこれの性質の人間がこれこれの数だけ」とフォスター君がいった。

「それがこれこれの量において分布されている。」

「一定時における最適の出壜率(引用者註:出生率ではない)」

「予測されぬ損耗は即座に補充される」

「即座にですよ」とフォスター君は繰り返した。「最近の日本の震災のあとでどれだけぼくが超過勤務しなきゃならなかったか、それをきけばびっくりなさるでしょう!」彼は上きげんに笑って首をふった。

「階級予定係がその数字を受精係に伝達する」

「受精係が階級予定係の要求する胎児を送り届ける」

「そして、ここへ便が送られて詳細に社会的階層があらかじめ定められる」

「それがすむと胎児室へと送られる」

「さあ、それでは胎児貯蔵室へゆきましょう」p.16

オルダス・ハクスレーによる近未来ユートピア小説『すばらしい新世界(Brave New World)』は1932年、フォード歴が始まる以前に書かれた予言の書である。ちなみに同小説によれば西暦からフォード歴への切替は西暦2004年に最終戦争が勃発して9年後の2012年であった。つまり私たちはいま、フォード歴元年にいるのである。

さて、現在から632年後のこの新世界では、人工ふ化工場内の操作によって、身体機能や知能の違いによる階級をあらかじめ決定されて出荷されている。指導者階級はα(アルファ)ならびにβ(ベータ)である。単純作業を旨とし社会の安定と再生産に寄与するのがγ(ガンマ)、δ(デルタ)、ε(イプシロン)階級であり、下の階級ほど単純作業をまかせられている。

彼らは壜から生まれる。そのため原理的に彼らに両親は個別的な人間ではない。教育においてはるか昔に、子供は母の腹をいためて出産されることは知られているが、それはもっとも汚らわしい、野蛮な行為である。そのようなことを想像するだけでも吐き気を催すほどである。階級分けされた子供たちは集団生活の中で就寝時に条件反射的教育を受け、自ら属する階級がもっとも幸福であり、そのほかの階級に生まれなくてよかったと疑似生得的にすりこまれる。

人々はそれぞれの生活に満足している。出壜された彼らに単婚家族はない。結婚はない。子供たちによる性行為もきわめて微笑ましいものとして教育の一環として行われている。

またいずれの階級も、あらゆる予防接種を受け、60歳程度の寿命まで、一定の若さを保つように作られている。フリーセックスが自然であり、隠し事(姦通や浮気)の前提が消滅していた。まるでモーガンーエンゲルスの規定したプナルア婚の再来である。彼らによって構成される社会は永遠の成長期であり、死はほとんど意識されないのだ。しかし、それでもなお人間の有機性が、心配や、羞恥心や、不快をよびおこす。そのときは「ソーマ」という合法的ドラッグの出番である。完全に無害であり、「楽しい気分」になる。人々は激情に駆られることなく常に安定した精神状態であるため、社会は完全に安定している。「最終戦争」まえに、ある層の人間たちが欲した楽園がここに完成しているのだ。

この楽園に亀裂が走ったのは、アルファ階級の恋人たちが、特別に許可されている、ニューメキシコの蛮人保存地区の見学に赴いたときからであった。この地区では驚くべきことに、子供はまだ母体から生まれるのであった。はからずも搭乗していた飛行機の着落により、蛮人地区の大地に彼らは降り立つことになるが、そこで彼らはジョン・サヴェージという青年と遭遇することになった。

実はジョンは、以前に同様の事故で一人取り残されたベータ階級の女性の母体から生まれでた人物であった。そのため、新世界への帰順を母とともに願い、実現されることになったのだった。

この小説は実は複雑なプロットを構成している。ジョンは、蛮人地区の住民である。しかしそこに保存されていたシェークスピア全集を、暗唱することができるぐらいの座右の書にしていたのであった。たいして新世界ではフォード歴以前の「文化的」書物はすべて消滅していた。つまり文化こそ野蛮の最たるものという逆転現象が起こっているのである。実は読むことは野蛮であり、それゆえ私たち「読者」自体が蛮人地区側の人間だったのだ。ここにもまたきわめてロース的な未開と近代との癒着が隠されている。

さて、文化人たるジョン・サヴェージは訪れた新世界の実情に、次第に嫌悪、そして憎悪の感情を抱いていく。もちろん配給されたソーマを飲むことはない。彼はソーマの配給を妨害し逮捕されるが、連行された先は、この新世界を信託された十人の世界総統のうちの一人、ムスタファ・モンドのオフィスであった。ジョンは総統が、彼と同じくシェークスピアを知り、また消滅していた文化的書物がそのオフィスに保管されていたことを見て喜ぶ。総統はジョンを慇懃に扱い、対等の立場でこの新世界の構造を真摯に説明しようとするのである。それは文化的帰結の一つであったと。

「「ねえ、君」とムスタファ・モンドは言った、「文明は崇高や悲壮を全然必要としないんだよ。そういうものは政治の貧困の徴候なんだ。わが国のように正しく組織された国では、誰も崇高だったり悲壮だったりするする機会をもつことはないのだ。そういう機会が生じ得るには、その前に事態が徹底的に不安定でなくちゃならない。戦争があったり、どちらに忠誠をささげるべきか分からなかったり、抵抗すべき誘惑があったり、戦ったり守ったりせねばならぬ愛の対象があったりする場合、そういうところでは、たしかに崇高や悲壮も何らかの意味があるだろう。しかし、今では戦争などというものはない。人をだれかをあまり愛しすぎないように最大の注意がはらわれている。いずれに忠誠を尽くすべきかなどということは起こらない。人は為さねばならぬことをせずにいられないように条件づけられている。そして為さねばならぬことは概してとても愉しいことであり、たいていの自然の衝動を自由に発揮することが許されているので、じっさい抵抗すべき誘惑など少しもない。そしてまたもし何か不幸な偶然からたまたま不愉快なことでも起こったところで、そのときには、いつもちゃんとソーマというものがあって人に事実から逃避させてくれる。(中略)涙を交えぬキリスト教ーソーマはまさにそれなんだよ。」p.275

最終戦争後の革命なき世界にジョンはいるのだった。ムスタファ・モンドの言葉によって、私たちもこの新世界が、対称的であったエンゲルスとハワードの実現しようとした家族社会が止揚され、一気に解決されたことを知るのであった。著者ハクスレー渾身の予測であった。

この小説が書かれた1934年は、20年代の世界的繁栄と世界軍縮への方向性が、資本経済の恐慌によって逆の方向へ舵を取ったころであった。この小説は新世界を描くゆえ、同時に都市小説としても読むことができる。たとえば蛮人地区へと赴くカップルがロンドンを飛び立って、その周辺を上空から眺める一シーンである。

「機体は今やその翼で飛べるだけの前進力を得た。

レーニナは両足の間の床の窓から下を見下ろした。中央ロンドンをその周辺の環状郊外地域から切りはなしている六キロ幅の緑地帯の上を、今まさに飛んでいるところだった。小さく見える人影が、うじ虫のように緑地の上をうごめいていた。遠心式パンブル・バビー競技塔が木立のあいだに光っていた。シェパーズ・ブッシュの近くでは、二千人のベータ・マイナスがリーマン平面式テニスをミックスト・ダブルスでやっていた。ノッチング・ヒルからウィルズデンへかけては、エスカレーター式ファイヴス競技場が二列をなして街道筋に沿って並んでいた。イーリング・スタディアムでは、デルタの体操競技と共同体讃歌合唱とが今まさに進行中だった。」p.76

ここから想像される各階級の都市は、きわめて田園都市の構造に近いことがすでに指摘されている(註11)。伊藤によれば田園都市構想の基本設計の一つであるダイアグラム 「区と中心」に示された理想的田園都市の形態は、規模は異なるものの『新世界』の描写と類似点があるという。たとえばハワードによって描かれた田園都市のダイアグラムから抽出できる特性にしたがって。それら類似点をあげてみよう。

まず、田園都市は中心を持つ。

新世界においては、それらの中心のロンドンの中心点において庭園が広がり、そこに細いキノコのような姿のT字型塔(以前のロンドンの中心を表わしていたチェアリング・クロスがチェアリングTに変わったのだ)が、光り輝くコンクリートの円錐形を持ち上げていた。

次に田園都市はその中心から放射状の広い並木道を持っている。

新世界にあっても、黒とカーキ色の労働者の群れが「西の大通り」の路面を陶化舗装するために忙しく働いている。

そして田園都市は緑地帯を持つ。

それは先ほどカップルの片割れである「レニーナ」がロンドンを飛び立つ時に見た風景であった。

田園都市は、周縁に工場地帯を持つ。

「レニーナ」は緑地帯を超えたブレントフォードにテレビ会社の工場が小都市のように光り輝いているのを見たのであった。

そして「新世界」に登場するロンドン付近の場所をプロットしてみると、ロンドンが一個の巨大な田園都市的構造を持っていたことが判明するのである(註12)。

さかのぼってみよう。そもそもハワードによる田園都市は責任ある地位の誠実で名誉ある「四人の紳士」の名前に法律上は帰属するとされた。また発展途上にあるコミュニティにおいては、いつでもコミュニティがその集団的能力において所有し発揮するものよりも、「はるかに高いレベルの公共精神と公共企業を表す団体と組織」が見いだされるであろうとされていた。この構造もまた、「十人の総統」によって運営調整されている新世界と酷似している。つまり永遠の発展途上階級としてのγ(ガンマ)、δ(デルタ)、ε(イプシロン)たち、そして彼らを調整する公共作業をになわされるのがα(アルファ)ならびにβ(ベータ)階級である。そしてそれら全体は十人のはるかに高いレベルの(文化を秘匿する)紳士によって運営されているのであった。

しかしこの小説のきわめて優れた点は、以上のような田園都市の完成形としての未来世界を予期した点にあるわけではなく、むしろ人間的ともいえる総統のキャラクターに集約されている。同種の近未来小説に登場する総統は、ほとんどつねに独裁的である。そのような独裁者的イメージから、ムスタファ・モンドが逃走しえている点がユニークなのである。ムスタファ・モンドは、人間、家族、自然の摂理を熟知した諦観のグルであった。たとえば彼は野蛮人ジョンにきわめて紳士的であり、かつ真摯に向きあい、なお新世界にあらがおうとするジョンに対して、新世界内で勝手に生きることすら認めるのである。ジョンの末期は小説にて触れていただきたい。

さて、モンド総統はなぜこのように奥ゆかしい「総統」であったのか。

それは他ならぬハクスレーこそが、この新世界を発明した「総統」だったからである。

1934年当時のハクスレーは批判的に新世界を模索した。と同時に、その後のハクスレーの人生を予想するかのように、そのシステムではどうしても回収することのできない人間の生物的部分にも気づいていた。「すばらしい新世界」でその矛盾を一気に帳消しにしたのが「ソーマ」というドラッグであった(註13)。さて、私が提示したモチーフにしたがえば、ソーマが標的にしたのは、人間の原罪的部分の解消であったとまとめることができる。

人間の原罪的部分は、不安や、羞恥心や、不快という感覚として現れる。新世界において家族、厳密にいえば両親と子供の関係はすでに消滅・解決済みであった。しかしそのような感情を惹き起こすものとして未だ残っていた形式が〈つがい〉であった。ハクスレー総統はその解決をソーマという呪文に託し、その後の思考を停止したのであった。

小説内では、男女間の嫉妬心の発生のごく初期にソーマを引用することが勧められている。もし仮に世界がフリーセックスに満ちていたであろうとも、男女のつがいは合一になろうとするその幻想的関係において、不安や嫉妬から自由ではなかった。ハクスレーの限界はここにあった。以降の彼の執筆生活は「すばらしい新世界」からの逃走でもあった。

ハクスレーはこの小説を執筆後、ほどなくしてアメリカに渡り、次第に東洋思想へ傾いていった。1944年には大戦下で『永遠の哲学』を著し、大戦後の1953年には、当時発見されたてであった幻覚剤メスカリン(LSD)の被験者となった。そこで体験した世界像を『知覚の扉』として発表し、日常世界を超えた精神世界の存在を報告しようとした。この書が心理学者でありLSDによる人間改革を提唱したことによってハーバード大学を放擲されたティモシー・リアリーと結びつき、1960年代のサイケデリック・ムーブメントを惹き起こす思想的支柱となったのであった。ただ彼がLSDの被験者となったこと、これをハクスレーのソーマ礼賛と見るのか、あるいはその批判者としての被験体験であったのか、それは未だ不明な部分が多い。

完全なるシステムと人間に残された生物的側面との闘争として「すばらしい新世界」を再読しようとする時、先の伊藤は、新世界の対位物として描かれた外部世界である蛮人保存地区という人間の生物的領域が、小説内においてそのまま温存されていたことに注目している。

この小説において、蛮人保存地区、つまりは人間の生物的領域自体が制度的に温存されていたことを検討するとき、もう一人の実在の人物を登場させなければならない。ハワードの一世代あとに台頭した都市計画者のパイオニアであるパトリック・ゲデス(1854-1932)である。ハワードの一世代あとのゲデスの業績は、田園都市と並び称されることが多いため、その独自性が見失われていることが多い。しかしゲデスの都市解析と計画の手法は、ハワードとは全く異なり、なぜか生物学からの影響が強いことがしばしば指摘されてきた。

確かにエンゲルスとハワードは政策的には対称的な関係であった。しかし彼らを、ゲデスの業績と比較すると、エンゲルスとハワードはむしろ理念的に人間生活を捉え、そのシステムを政策として実行していこうとする啓蒙的方法においては似通っていたといえるぐらい、ゲデスは二者に比べて異質なのであった。それが先の生物学的視点、端的に言えば都市の展開をまるで不定形な生き物のようにとらえようとする彼の方法であった。たとえば彼の代表的著作である『進化する都市(Cities in Evolution)』(1915)では、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国の事例を援用しながら、都市と地方の境界に残存する郊外の不静定性や、都市と都市の自動展開していく有機的結合として〈コナーベーション〉という現象を指摘するなど、都市の持つ生物的性質に着眼した。ここには、ハワードのようなニュータウン建設による新開発的視点はほとんど見られない。

ハワードがプログラムとしての不動の都市構成を構想し、新世界と構造的類似性を持つのに対し、ゲデスは都市の成立・変化・衰亡を、生物学的成長と同様に捉え、歴史的事物の先行を認めるところから都市の発展を構想した。彼は都市計画にはっきりしない都市形態としての地域(リージョン)という概念を持ち込んだ。新たに建設する前に、既存に展開する都市のうごめきを地域調査(リージョナル・サーベイ)として分析した。このような成果をそこに生活する人々に公開し、「新世界」ではなく「より良き場所」(Eu-topia)の実現を働きかけた。ゲデスはその過程を保存手術(コンサバティブ・サージェリー)と呼んだ。

このような都市改造の方法は、当時の日本にも影響を与えた。たとえば考現学者今和次郎の学術論文デビューは「都市改造の根本義(一)(二)」1917であった。ゲデスの図版が借用された彼の都市論が、今和次郎による民家調査と同時期に進められていた点はいかにもゲデス的である。これによって彼の活動領域はイギリスにとどまることなく、植民地であったインドにおける都市リニューアルの提案等に展開した。それは既存の街区形態を尊重した手法による都市の改造提案であった。

ゲデスは実際には学位を取得していなかったといわれる。ではいったい彼は都市計画の実践者になる前、どのようなキャリアを積んでいたのであろうか。

伊藤によれば、実はゲデスは、ハクスリーの実祖父であるトマス・ハクスリー(1825-1895)に師事していたのであった。トマス・ハクスリーは、当時まだ十分な理解を得られなかったチャールズ・ダーウィン(1809-1882)の進化論の支持者であった。つまりゲデスは、もと生物学者として出発したが、目を患って顕微鏡での微生物の観察に支障を来すようになり、建築保存の世界から都市計画へと進んでいったきわめてユニークな人物だったのであった。

それゆえゲデスによる都市観察における生物学的アプローチは単なる比喩ではなく、事実であった。彼の目がまだ健全だった頃、顕微鏡から眺めた微生物の成長過程は、その後彼が都市の形態を構想するにあたって、直接的な視覚的イメージとなったのであった。この生物学での訓育が、一方ではゲデスに都市計画への応用的視点を与え、他方では生物学者一家に育ったハクスリーに、人口問題や遺伝子工学、 都市計画を総合的に捉え得る思想的契機を与えたのであった。

ここで「すばらしい新世界」によって描かれた実験的都市は、きれいな像をようやく私たちに結ばせるにいたる。それはシャーレの中の不定形な微生物がうごめく様の中に投与された結晶的な幾何学的都市である。そしてそれらをつなぐのは他でもない、原罪の克服を負った理念的生物としての人間である。下半身は生き物で上半身が理念的で、かつその上半身は下半身の抑圧にただならぬ妄想を抱いてしまった生き物。

革命のない理想的管理社会である「新世界」、過去を温存させた生物的社会である「蛮人保存地区」という二重性とその併存は、そのまま 20 世紀における都市・住居・家族のあり方についての表裏一体の関係にあった。シャーレの中のうごめき、欲望する微生物の痕跡としての蛮人都市、そこに注意深く、田園都市はパラフィン紙の上にのせられたまま置かれた。そしてその幾何的都市に建設された人工ふ化工場、条件反射教育場、その中の微動するゆりかごで、総統からの優しいささやきとともに深く寝入る少年少女たちが、何を夢みていたのか、それは後に解明されることになるだろう。

(註1 私たちが「家」のイメージの中に抱いている封建的な雰囲気とエンクローズという単語の類縁性もまた指摘できるだろう。)

(註2 絶対的に無理であるが故に、ひとつになろうとする欲動。それゆえに原罪的であり自然ではない欲望)

(註3 ロースのフラジラントへの言及と類似している)

(註4 特にフランス革命、産業革命における生産様式の大変革以降、ブルジョア知識人階級にあって、過去、伝統は断絶すべきもの、あるいは〈やり直さなければならない〉歴史としてたち現れる。このような認識はほとんどの社会改良運動に通底している。そのような意識は、自ずと人類の過去を原罪とし、未来をそこから救済しようとした。それによって〈現在〉の動きが決定されたのである。)

(註5 一方で、エンゲルスが提起した家族の発達史は、その後マリノフスキーやレヴィ・ストロースなど多くの人類学者たちからその不正確さを指摘され、あるいはマルクス主義陣営からもその理論を批判され続けている そのまとめとしてたとえば青木孝平著『コミュニタリアニズムへ 家族・私的所有・国家の社会哲学』第二部第二章p.156-183をあげる)

(註6 「ハワイのプナルア婚集団を顧みると(中略)数人の直系および傍系の姉妹が、彼らの夫を共有せる習慣の女性の支流に限られている。これらの姉妹は、彼らの子供および女系の子孫とともに、太古的形式の氏族の正確な族員を供する。系統は、子供の父親は正確には判然しなかったから、必然に女性を通じて辿られた。」第三編 家族の觀念の発達、第三章 プナルア婚家族 p.468、モーガン著『古代社会』彰考書院 (1947))

(註7 ちなみにエンゲルスは、この労働者独占による性愛ユートピアの歴史的先例をプナルア(親友の意味、ハワイの言葉、モーガンによる)婚という集団婚にみていたと思われる。「プナルア家族は、われわれの知るかぎりでは、集団婚の最高の発展段階である。」それは「共産制的共同体のすでにかなり固定的な定着を前提とし、つぎのヨリ高次の発展段階に直接つながるものである。」p.62)

(註8 参考:岡田愛 2005.「田園都市の都市連鎖的考察 田園都市を 成立させる根源的条件について」『大阪市立大学大学院 都市系専攻 修士論文』)

(註9 参考:上野「家父長制と資本制」p.83)

(註10 彼女は返す刀で、日本の「家」制度についても以下のように言及している。彼女のまとめにしたがうことにするが、「家」は近代的発明物であった。そしてその成立過程は、どこかエンゲルスが処女作において見いだした近代家族とその「家」の成立を彷彿とさせる。「家族という自律的な単位が、伝統社会の遺制どころか近代の産物であることは、すでに多くの研究者によって指摘されている。日本ではそれは「家」制度という明治政府の発明品のかたちをとった。「家」制度を封建遺制と呼ぶのは正しくない。それは確かに封建制下の武家の伝統に端を発しているが、身分制社会においては武家の伝統は「常民(柳田国男)」の伝統と同じではなかった。「常民」の世界に武家の伝統を持ち込み、「家」の概念を確立したのは、明治三一年の帝国民法である。」承前8・5「家の発明」p.230 )

(註11 伊藤杏奈、中谷礼仁「SF 小説『すばらしい新世界』(1932)とイギリス近代都市計画の近親性 -エベネザー・ハワードとパトリック・ゲデスを対照として」2012年日本建築学会大会梗概F )

(註12 前掲梗概参照)

(註13 言い換えれば、「すばらしい新世界」のプロットが崩壊しないのは、ソーマに万能的効果があたえられているからである。)

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
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