千年村運動・古凡村調査 2012年度第一回疾走調査終わる。


2012年5月11,12,13日にわたって、「持続的環境・建造物群継承地区(通称 千年村/古凡村)」の2012年度の第一回目調査がおこなわれました。これは文化庁助成研究「文化財の確実な継承と地域活性化活用のための防災指針の作成と普及」の一環として、
・従来の伝建地区を補完しうる持続力ひいては防災力のある地区の発見
・地区評価基準の確立
・ならびにそれら地区における啓蒙と普及の方法の検討

を目的としています。単純に言うと、地味にしぶとく長く続いてきた地域をほめましょうということです。基準は一応の目安として千年続いていること。

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

写真:参加者が息をのんだ千年村表彰候補「岩井袋」の産業遺産転用プール

今年度はこれまでの協力メンバーに加え、千葉大学園芸学研究科緑地環境学コース環境造園学領域の木下剛研究室との共同研究体制をとり、建築史、環境学の視点双方から活動を行える体制がようやく整いました。
さらに双方にとって至近の距離にありながら豊富な環境形態と建造物群を擁する千葉県地域を主な研究領域として定めることにしました。
研究方法は大きく二つに分かれます。

・まず対象候補となっている全地域を悉皆的に訪問し,その特徴のおおよそを全体的に把握すること(これを特に「疾走調査」と称する)

・疾走調査後に、地区評価基準の確立に寄与する典型的地域を3つほど定め、継続的な研究をおこなう(詳細調査)

今回の調査報告は、千葉県における第一回疾走調査にあたり、特に上総地域を訪問しました。疾走調査は春期までにあと二回行い、平安時代の辞書である『和名類聚抄』に記載されている地名から同定可能な千葉県全域の村落を網羅する予定です。

それぞれの参加者が、このような報告書のもとを書くのですが、当方のヴァージョンの紹介を試みに紹介してみます。

以降当方の報告にあっては、
・疾走調査における建造物群的視点
・「持続的環境・建造物群継承地区(通称 千年村)」の啓蒙活動についての試案
について述べることにします。

1. 疾走調査における建造物群的視点
報告者は2012年5月11、12日の二日間を疾走調査に同行し、全38村中25の村を同行しました。なお、対象地区の訪問は必ずいずれかの複数のメンバーによって行われることになっています。
疾走調査においては、集落の存立する一時的条件である環境を把握することの比重が大であり、具体的な集落・建造物群の評価は、今後の詳細調査によってなされそうです。その予備としていくつか「千年村集落」の評価基準を導きだしうる事例について以下報告します。なお疾走調査前に仮説的に構築された選定基準は以下の通りです。

千年村選定基準
1.古地形による集落存在の有無(前提条件)
1-1.千年前地形マップを作成し、プロットされた千年村が本当に陸地であった(存在していた)か
2.地質・地形による集落・交通決定の妥当性の有無
2-1.地質・地形からみた集落立地・形態の妥当性
2-2.地質・地形からみた交通手段・経路の妥当性
2-3.集落の形態及び交通手段・経路のその後の変容の妥当性

では以下に当方が着目したいくつかの見事な「千年村」を紹介してみます。他のメンバーはそれぞれに別の視点から違う地域を選定しているはずです。

・調査番号01 旧海上郡島穴郷/現市原市島野

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

農村。過去より沖積層の堆積した低地であり、古い集落は微高地に集中して立地している。わずかな高低差を近代技術以前からの水位管理によって宅地化していると想定される。「島」と名付けられているように集落には堀がめぐらされ、宅地の排水がはかられている。
その生態学的集落構造成立をさかのぼること、地域共同体による集落維持がどのようになされているかを今後の詳細研究テーマとしてあげておきたい。これは評価基準2−1、2−3によく該当する。近年村落周囲の開発が盛んになってきているが、その開発の方針等も併せてヒアリングするとさらによいと思われる。

・調査番号07 旧周准郡山名郷/現君津市郡

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房
送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

農村。常代から郡ダムに南下する道筋に様々な集落形態がみられる。常代、郡一、郡二地区は完全に再開発化され、水田が宅地化されている。しかしながら道路計画は規則的ではなく、圃場整備をへなかったまま郊外住宅化された可能性がある。谷戸にある郡地区は戦後の空撮写真との比較によっても旧来からの景観を保っており、谷戸における生活のための家屋,敷地、生産地規模をみやすい。また郡ダムはその壁面が緑化され一見ダムと見えないランドスケープデザインがなされている。様々な要素が、その適合性において地区毎に変転した結果と考えられ、編年的変化を追うべきと考える。地目の転用の妥当さ(機能、敷地形態、インフラ)について検討しうるであろう。これは特に基準2−2、2−3の検討によく適合する。

・調査番号09 旧周准郡額田郷/現君津市大井戸
・調査番号11 旧長狭郡伴部郷/現鴨川市和泉字富部

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房
送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

いずれも条里的な古代的水田計画がなされ、その後大きな開発もなく持続してきた山間の村落である。屋敷林で囲まれた大規模な家屋も多く、生産力も豊富な印象を受けた。また、社寺の配置計画も古代的である。大きな変化があったか、なかったとすればその長期的安定をもたらした要因が何であるかを詳細研究テーマとしたい。これは特に基準2−1、2−2の検討によく合致する。

・調査番号13 旧長狭郡日置郷/現鴨川市二子

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

山間の農村。広大な棚田が残存している。その運営方法など現地ヒアリングの対象になりうる。これは特に基準2−1の検討によく合致する。

・調査番号20 旧安房郡白浜郷/現安房郡白浜町

送信者 千葉疾走調査①内房・南安房

漁村。おそらく千葉県下において、歴史的にも最も古い集落の一つと考えられる。宗教的、海上交通的にも要所と考えられていた痕跡が、宗教建築,宗教的場所として多数残っており、そのような古代的要素の残存と近代的要素との関連性を検討するのに適した場所と考えられる。これは特に基準2−1、2−2、2−3の検討によく合致する。

2. 「持続的環境・建造物群継承地区(通称 千年村)」の啓蒙活動についての試案(以降は私見で調査組織全体でオーソライズされたわけでありません)
以上のような疾走調査を行い、その後詳細調査に至り、評価基準の確立に至るのが本年の目的ですが、同時に後期においては「千年村」の啓蒙活動についても検討してみたいと思っています。その理由として
・千年村が多数すぎること
・今回の千葉千年村において限界集落が存在せず、それなりの文化的活動がすでに行われていること(地方史の研究者の存在、ウエブサイトでの自発的報告)

・平安時代の辞書である『和名類聚抄』に記載されている地名から同定可能な現在の場所はすでに公開共有されている(平凡社、角川書店地名辞典、ひいては吉田東伍の作業)こと
があげられます。
このような意味で、日本の持続的集落の持続力を高めるためにも、客観的な評価基準の確保とともに、千年村に存する人々が、彼ら自身をアイデンティファイし、日常的に村自体の自尊心を向上できるような受け皿が必要と考えます。
具体的には
・研究評価機関を主体にした「千年村委員会」を設置し「全国千年村マップ」、千年村の意義、評価基準を公開。委員会側が主体的に対象集落を表彰。
・ウエブ上で情報公開するとともに、地域の活動リンクをも紹介、共有するような機能をつくる。これによって多くの人が「千年村」運動に参加できるような間口を作る。
・委員会主導による千年村以外の千年村の発見報告と委員会の交流訪問の窓口を作る。
・これをもととして「千年村の生き方」等の一般向けのエッセイ等も作成し、それ以外の地区の居住者にも持続的集落の魅力を知ってもらうこと,新しい街区デザインの考え方として普及させること。
・さらに当時の朝廷の視点が消えない『和名類聚抄』に記載された以外の「千年村」をこそ発見すること。

私がこの調査を「運動」といっているのは以上のような意味からです。
このような段階を後期においてはぜひ検討したく、このような作業に実績のあるウエブデザイナーとSEの参加を依頼したいと思っています。というか、まず科研費に応募します。

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、アーキオロジスト。早稲田大学建築史研究室所属、教授、千年村プロジェクト、日本生活学会、日本建築学会など。著書に『動く大地、住まいのかたち』、『セヴェラルネス+』など。
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