瀝青会著『今和次郎「日本の民家」再訪』が山形浩生氏によって二編紹介されました。


瀝青会著『今和次郎「日本の民家」再訪』が山形浩生氏によって紹介されました。

一つは2012年5月27日の朝日新聞の書評欄

もう一つは、その続編として掲載された批判編です。

http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20120527

好意的な書評に加え、批判編もいただけたことは、今後の当方の活動方針にもきわめて重要です。真摯に受け止め、当方の記述能力の不足によりうまく伝わらなかった点については補足説明を、批判点についてはそれについてどのように乗り越えることができるかを自分なりにまとめ、山形浩生氏のブログのコメント欄に投稿させていただきました(早々と反映していただいたようです。2012/05/27/2330時点)。

当方からのコメントをこのブログにも再掲させていただきます。以下山形浩生氏へのコメント全文。

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山形浩生さま。はじめまして。
中谷礼仁と申します。瀝青会の主宰者でした。このたびはその活動成果を朝日新聞紙上で書評を取り上げていただき、さらにブログにて同著の批判を展開していただきましたこと、感謝申し上げます。読み込んでいただいた上でのご批判、光栄です。
後半の提案部分については、それに対応して、付論でその幾ばくかをすでに提案しておりますが、特に民家がなぜ存続したかについては、あらためて報告しておきたいと思います。
大きく三つあります。
ひとつめは推論です。彼の訪問対象の民家のほとんどが中農以下の家と人々の生活を対象にしていたということです。そのため、戦後の農地改革をへても大きな変革を加えられることなく、その姿が温存されてしまった可能性を私たちは主張しました。その経緯を説明します。
彼の残した当時の民家記録には『日本の民家』に収録された家以外の物件が実は多数あります。特に関西に多く、そのほとんどの地域は当時小作争議が起こっていた地域でした。つまり彼の再訪した民家が「第6章・民家の範疇」において示唆したように、今和次郎に民家調査の費用を提供した石黒忠篤が求めていた当時の小作争議調査を反映した調査がもととなっていたこと、そしてそのために、さきに指摘した彼の訪問民家に中農以下という規模基準が加わったと思われます。

ふたつめは、空き屋状態で残存していた民家の存在についてです。単なる廃墟ではなく、代わりに管理をしている方がおられたり、年に二回ほど所有者が掃除に来るとのことでした。なぜ所有者は使わなくなった家を手放さないのか。これは個人的にはきわめて興味深い問題でした。これについては登記にもとづく所有者移転の追跡調査を行いました。その結果については書内においては割愛せざるを得ませんでしたが、以下の発表があります。同種の状態の家は、民家を特定しようとする過程で、今和次郎の家のみにこだわらず、特に漁村で多く見ることができました。空き屋状態で残存していた民家は彼らの歴史的な生活形式、行動様式が深く関係していると思われます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110008113601漁師の家の90年 : 今和次郎による漁家採集の追跡調査と分析を通して その2(日本近代:住宅(3),建築歴史・意匠)日本建築学会学術講演梗概集 F-2, 建築歴史・意匠 2010

三つめは、「村落共同体変容の契機における規模と応答主体」p.358での、村落共同体が所有していた土地が変容を被る際の三つの規模変化です(表4参照)。大規模な開発は、使用されなくなった入会地などが事例としては多く、小規模な開発は以前は宅地ではなかった場所を宅地に転用した小規模開発が主であることを示唆しました。これによって実は過去の村落構造は、「都会的幻想人」としての当方の予想を覆すかのように、予想以上に残っていることがありました。すすんで言えば、彼らは村落の中心を変えないために、その周囲を都市的需要に向けて「経営」しているとも言えるでしょう。
その他、第二次世界大戦後における農家、漁家への生活近代化運動があり、これについてはGHQによる指導の痕跡が残っているのですが、当方が充分な調査をしたとは言えず、割愛しました。「南阿波の漁家」の増築部はその改善運動の結果によるものです。しかしそれら改善運動も民家の主体構造を根底的に変えるにはいたらなかったであろうと当方は推測しております。

前半の震災関連の部分への批判はおっしゃる通りだと思います。この言葉は、震災をネタに使ったと言われることのないよう、今後の活動の格律として肝に銘じておきたいと思います。山形さんへのご批判に応えられているか、心もとないのですが、建築史学・都市史学は復興においては全くの後衛的立場であることから免れません。そのために、中長期規模での活動原理を模索することが、東日本大震災以降の私の目標となりました。
現在私どもは千年村・古凡村調査という活動内容に作業を移行しています。「和名類聚抄」に記載され、現在場所がほぼ同定されている箇所の集落形態を分析しています。10年検討で動くようにしておりますのでまだ成果報告は先になりますが、現在は千葉県を中心に、【持続的環境・建造物群継承地区】選定基準の確立に向けて活動しております。今後とも叱咤御批判をいただけましたら幸いです。長々と失礼しました。
https://rhenin.wordpress.com/2011/09/16/古凡村調査開始(文化財の確実な継承と地域活性/

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rhenin について

中谷礼仁(なかたに のりひと)歴史工学、早稲田大学建築史研究室所属、教授、日本荒れ地学会、日本生活学会、日本建築学会などなど。その正体はResercher of temporal architectural expression.
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